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恋をすると世界が変わるよ、とよく言うが、どんな相手とつき合っても見える世界は変わらなかった。
いま思うと、つき合うというステータスに互いが固執してただけなのかもしれない。
ようく耳をそばだてていると窓際にいても聴こえてくる、廊下を歩く控えめな足音。
なるべく音を立てずに引き戸を開け、閉める時も最後まで静かに閉める。
歩幅はあまり大きくなくて、やっぱり足音を大きく立てて歩かない。
貴方の行動は、貴方の性格そのものなのだろうかといつも独り想像して、もっと色々貴方のことが知りたくなって落ち着かなくなる。
黒板に背を向けているあなたの後ろ姿を眺める時間がいちばん長いけれど、違う貴方の姿も実はよく見ている。
教卓の前に立つとき、人見知りなのか少しだけ視線を小さく揺らすこと。
教室が騒がしくなると、必ず少しだけ困ったように眉を寄せること。
力仕事なんて到底できなそうな華奢な身体なのに、実は見かけによらず資料をたくさん運べる力もちであること。
触り心地のよさそうな、さらさらの黒い猫っ毛の後頭部が、時折ぴよっと跳ねていること。
オシャレには無頓着そうなのに、チョークを持つ指先だけが、なぜかピカピカに磨かれていること。
合法的に二人きりになりたくて補習のためにわざと赤点を取り、他にも受講者がいるんだと落ち込んだ日、自分にだけこっそり「どうしたの?」と心配そうに缶コーヒーをくれたこと。
傍によるとシャボンの柔軟剤の香りがしたり、それが時々フローラルの香りに変わること。
そして授業中、時々熱っぽい視線が貴方と絡むこと――。
学校に行く意味なんて今までとくに思いつかなかったけれど、知らない間に貴方がオレの心を盗み、独りきりだった世界に、貴方という主要な登場人物がもうひとり増えていた。
だから冗談だと笑いながら言ってほしい。
突然、貴方の左手の薬指に燦然と現れたそれは、何かの間違いなのだと。
もう少し早く、貴方に出会えていたら未来は変えられていたでしょうか。
貴方のことが、好きです。
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