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桐野亜未花とは同じクラスだ。
ほとんど交流はないが、生徒会でも話題になったとおり、いつも首からカメラをさげているので目立つし、一目見たその日からずっと気になる存在だった。
いまどきスマホ1台あれば何だってできるのに、小学生のころから貯めていたお年玉貯金を切り崩してまで手に入れたというミラーレスカメラに、お手製のマクラメ編みで作ったストラップをつけて、まるで制服の一部みたいに登校時も休み時間もいつでもどこでも授業中以外は首からさげている。
誰かが写真を撮ろうといいだして、スマホを片手に腕を伸ばして友達をそばに集め出したら、彼女はすかさず首からさげたカメラを手に取って「写してあげる」というのが常だった。
彼女に気遣いは無用。
「亜未花も撮ってあげる」と彼女にスマホを向けようものなら血相変えてレンズを手のひらで覆い、「いいの。わたしは撮る側で。写真撮ると魂抜かれるから」と冗談みたいにいうのだが、顔が怖すぎて誰も笑えなくなるのだった。
撮った写真はカメラからWi-Fiで自身のスマホに転送し、友人たちにすぐさま送信するから特に煙たがられているということもないようだった。
とりわけ友達が少ないというわけでもなさそうだし、変わってるよねってひそひそ話しをされてはいるけど、悪口というほどの嫌悪感もなさそうなのだ。
どうにも彼女のことが気になって、生徒会長にいわれなくても、オレは彼女の周辺を嗅ぎ回っていたのだった。
彼女が写った写真は激レアで、ひょっとしたら彼女さえも持っていないんじゃないかと考えると、彼女をこっそり撮影してみようだなんてストーカーじみたことまで思い立ってしまった。
シャッター音を消すアプリをダウンロードして遠巻きに彼女を撮影した。
授業中にシャーペンを指先で回しているところとか、体育のときだけカメラをカバンにしまっているところとか、放課後にカラオケ店に入っていくところとか、バイト先のコンビニでおにぎりを並べているところとか。
何枚も、何枚も。
あらゆる状況で。
彼女を追いかけながら。
スマホの画面を見なくても彼女を中心にした構図で撮影できるほど上達するというおまけつきで。
メモリーいっぱいに撮影した。
そうしてオレは、彼女の秘密を知った。
今一度、彼女にこっそりとスマホを向ける。
昇降口から友達とともに出てきた彼女は、部活動に出かけていく別の友達に手を振っているところだった。
涼やかに髪がそよいでほっそりとした首元があらわになる。
マクラメ編みのストラップが伸びきって重そうだった。
胸元にカメラ。
友達と別れてひとりになるまでずっとカメラはその定位置にあった。
スマホの画面を覗いてみる。
画面の中では彼女の周りを――。
「竜波くん」
ふいに呼ばれ、慌ててスマホの電源を切った。
「先輩」
オレの隣にまでやってきていたのは生徒会長の蔵田だった。
生徒会室以外の場所で声をかけられるのは初めてで緊張する。
蔵田は端整な顔立ちで女子からモテるのはもちろん、男子からも羨望の眼差しを受けている。
蔵田はその視線に慣れているかもしれないが、集まる視線の隅っこにオレがいるのは恥ずかしいような気分だ。
「あのこだよね」
蔵田の視線の先にはもちろん、桐野さんがいた。
彼女を盗撮していたことを気づかれてしまったかもしれないが、何か言うそぶりもない。
「そうです。桐野さんです。同じクラスなんです」
「そっか。じゃあ、桐野さんと豆柴先生のあいだになんかあったということも知ってる?」
「ええ、まぁ」
さすが地獄耳だ。
なんかあったというのも大袈裟だが、豆柴は英語の教師でもあって、うちのクラスも受け持っている。
桐野さんはお兄さんが留学していたとかで、英語が堪能だった。
豆柴がずっと言い間違えていた単語を、授業中、みんなの前で指摘した。
悪意なんてあるわけない。
ましてや、英語教師のくせに間違えるの?とか、嫌味でいったわけでもない。
クラスのみんなが間違って覚えてしまわないようにだと思うけど、豆柴は恥をかかされたと腹を立てたのかもしれなかった。
カメラの件は難癖レベルだ。
それくらいに、どうでもいいことだった。
「オレさ、あんまり好きな先生じゃないんだよね」
「え?」
驚いて蔵田の顔を見返す。
生徒指導の豆柴を好きな生徒がいるはずもないが、生徒会とは密に連携を取っている教師のひとりだけに、蔵田がそんな感情を口に出してしまうとは意外だった。
蔵田はとぼけたようにいう。
「あれ? チクるつもり?」
「まさか!」
全力で首を振る。
「冗談。じゃあ、頼んだよ」
お手並み拝見とばかりにオレの肩をぽんぽんと叩き、足取り軽やかに帰って行った。
スマホの画面を見られただろうか。
その美形で、いやその人望で集まってくる蔵田の捜査網にかかれば、なにもかも掌握済みという気がしてならない。
蔵田なら桐野さんとスマートに心を通わせ、ズバッと解決するのかもしれないが、そのときのオレには妙案がなにも浮かばなかった。
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