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風俗、と思わず晃嗣は復唱してしまった。桂山は軽く苦笑する。
「積極的にお勧めはしません、ただ店を選べば、多少恋人気分を味わわせてはくれますよ」
晃嗣はあ然とした。風俗の男性と恋人気分だなど、真面目そうな営業課長の口から出る言葉とは思えない。
待てよ、と晃嗣は考える。桂山はゲイであることをカミングアウトしている点でも、社内で有名だ(だから晃嗣は彼を相談相手に選んだ)。ゲイ専門の風俗に関する言質は、案外実体験なのかもしれない。
桂山はコーヒーを淹れてくれた。お互いマスクを取り、コーヒーカップを手にする。香ばしい匂いに、晃嗣は空腹感を覚えた。緊張していて、いつもなら夕飯の用意を始めているところだと、今まで思い至らなかった。
ブラックのコーヒーを口にしてから、桂山はしみじみと語る。
「秋が深まると人肌恋しくなるのは皆一緒です、抱き合う相手が欲しいって気持ちを抑え込むことはないと思います」
「……でもがつがつしている時には、相手って現れてくれないものじゃないですか?」
晃嗣はミルクだけを入れたコーヒーを飲んだ。確かに、と応えて桂山は笑った。
「だから敢えて風俗なんです……ピンキリでしょうが、マッチングアプリよりだいぶお金はかかりますけど」
これは自分の既存の価値観との擦り合わせが必要そうだった。晃嗣は金のかかる趣味を持っていない。学生時代に吹奏楽部でサキソフォンをたしなんでいたが、もう吹いていない。金を使うのは、今でも楽器を吹いている友人知人のコンサートに、差し入れを持って足を運ぶ時くらいである。それもここ数年の感染症の拡大で、すっかり減ってしまった。
しかし、金を使うところが無いからと言って、風俗に回すのはどうなのかと思う。それに当たり外れがあるのは、マッチングアプリと変わらないのではないか?
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