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明るい色の柔らかそうな髪を揺らし、さくは頭を下げた。……俺が同じ会社の人間だと気づいていないのか? そうかもしれない。人事部と営業部は、勤務するフロアが違う。晃嗣が彼を知っているのは、以前彼が持ってきた転居の書類を処理したことがあるのと、常日頃晃嗣が人事の書類を触っているからだ。
マスクの上のきれいな形の目は笑っていたが、初めて会う客としか晃嗣を見ていないようだ。さくは言う。
「あ、お食事終わってからで構いませんからごゆっくりどうぞ」
「あ、いえ、もう済んでるから……」
実は晃嗣は、高畑朔を容姿がタイプの人物だと脳にインプットしている。晃嗣は中途採用で、朔はおそらく新卒採用だが、2人は同期入社だった。入社式で朔の姿を見たとき、晃嗣は綺麗な子がいるなと気を引かれたのである。
そういう意味では、神崎綾乃は新規客の好みにジャストミートするスタッフを、しっかり送り込んできたことになる。いや、この男は本当に、営業課の高畑朔とは別人なのだろうか?
さくは行きましょうか、と晃嗣を促して立ち上がる。疑問をいろいろ晴らしたいが、こういう仕事に従事する人のプライベートを詮索するのはタブーだと聞いたことがあるので、晃嗣は黙って彼について行くしかなかった。
冷たい風を頬に感じながら、道玄坂のホテル街に、夜の闇に紛れて入り込む。男性同士、あるいは女性同士の2人連れも歩いているが、通りすがっているだけかもしれない。晃嗣は男と並んでこういう場所を歩くのが久しぶりで、そのことにも緊張してしまう。
ホテルは任せると神崎に言ってあった。さくは裏道に入って、こっそりと設えてあるようにしか見えない自動ドアをくぐる。晃嗣は彼について行く。
「好みのお部屋とかありますか?」
フロントのパネルの前でさくに訊かれて、晃嗣はおとなしい部屋で、と答えた。さくは礼儀正しくはい、と答えて、シックな部屋を選ぶ。値段も安いほうだった。さくは慣れた様子でカードキーを取る。
「柴田さん、緊張なさってますか?」
薄暗い廊下を進みながら、さくは訊いてくる。正直にはい、と答えると、彼はふふっと笑った。
「今日はお試しですから、挿れるのはだめなんですけど、どんなことがしてみたいのか伺いながらゆっくり進めますね」
良い声だなと晃嗣は思う。この声で啼いてくれたら大興奮しそうだな、とも……そんなことを考える自分が、すぐに嫌になってしまった。この子が高畑朔であろうがなかろうが、金で若い男を買って性欲を処理するなんて、人様に堂々と話せることじゃないと、晃嗣は自己嫌悪混じりに思った。
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