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一度、黒い海に身を沈めた美海が
もう一度、海から上がってきた時には
長く真っ直ぐに伸びた足で立っていた。
月の光で白さが浮き出た砂浜に
脱ぎ捨ててあったティシャツと短パンを身につけると
真っすぐ僕に向かって歩いてきた。
僕の目の前で立ち止まった美海の手には
腰から下げていた短剣が握られていた。
僕はできるだけ丁寧に
『大丈夫。僕は何もしないよ』
と、指で伝えた。
すると、美海は更に一歩前に立ち
僕の左胸に手を添えるとじっと僕を見つめた。
その瞳は、人間のそれではなかった。
彼女は人間を演じていたに過ぎなかったのだ。
僕の左胸に手を添えたまま美海は指を動かした。
『この街はお父様のコロニーなの』
僕の脳裏にこの街の名前がよぎる
斗璃灘・・トリトン・・・
僕の胸に添えた手から
絶対的な威圧が滲み出ている。
『その短剣で僕の心臓を刺すの?』
僕の問いに彼女が答えた。
『心臓は最後
生きてる方が新鮮だもの』
彼女は出会った時のように
優しい笑顔で
『痛くないようにするね』
そう、指で言うと
短剣を僕のみぞおちに突き当てて
ふくっと刺し込んだ。
スラっと刃を滑らせ
裂けた皮膚を静かに広げる。
冷たい指先が内臓を掬い上げると
美海は高級なディナーを楽しむように
僕の腹わたを喰んだ。
血に染まった美しい指が空を切った。
『・・・美味しい』
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