人魚の通う街

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僕は手話を常用語にしている。 耳は聞こえるが声は出ない。 子供の頃に、手話が常用語の街があると聞いて いつか行ってみたいと思っていた。 今年の夏の終わり ついに美しい海に囲まれたその街に旅行に来ることができた。 斗璃灘駅に着いた僕は 駅の構内を出て辺りを見渡した。 すると、輝く海を背景に スラっとした美しい女性が 優しい笑顔でプラカードを掲げていた。 僕は軽く指を動かし挨拶をすると その女性も細く白い指を宙に舞わせて挨拶を返した。 長い髪を風に含ませて微笑んでいるその人が 僕の泊まる旅館の案内人で間違いなかった。 白いティシャツとジーンズの短パンが 彼女のスタイルの良さを助長している。 旅館の名前が印字されているバンに 長い手足を掛けて乗り込むと 僕にも乗るように手招きをした。 僕を乗せたバンは 日中の弾ける光がハレーションを起こしている海に向かって 小さくバウンドしながら走り出した。 僕たちは正面を向きながらも 器用に指で会話を続けた。 旅館はハレーションを起こしている眩い海のすぐ近くだった。 荷物を部屋に置くと夕食までの間 キラキラ輝く海に行くことにした。 そこはプライベートビーチらしく ゴミひとつない白い砂浜に 穏やかなエメラルドグリーンの海 乳白に輝くさざなみの破片・・ 全てが僕だけの為にあるようだった。 1人、大きな入道雲が支配する青い空と さざなみの立つエメラルドグリーンの海を隔てる水平線を眺めていると 人影がイルカのように体をしならせ 水面を叩くのが見えた。 ・・・・・見えた気がした。 それはまるで、おとぎ話に出てくる 人魚のようだった・・
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