〇1ラフトラッカー

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 里中はスタジオ前のロビーのソファに座り、番組プロデューサーである吉木を待っていた。大物司会者の見送りを終えた吉木はロビーへと戻ってきた。  吉木の隣には若手プロデューサーである八野の姿が見える。 「今日もありがとうございました」  吉木は里中よりも年齢的には後輩に当たる。よって、いつも丁寧なお辞儀を欠かさない。 「いえいえ、いつもお世話になっております」  里中は吉木以上に、頭を下げる。使われなくなってしまったら、困るのだ。 「今日は以前言っていた、若手を紹介させて頂きたくて」  吉木に紹介された八野は、里中に挨拶をした。 「今度、一本特番を作ることになりましたので、ぜひお願い致します」  里中は頭を下げつつ、「どのような特番なんですか?」と聞いた。 「お笑いのネタ番組です。お笑い世代交代というテーマでして、ベテランと若手のネタ見せ対決を……」  八野は一枚にまとまった企画書を里中に渡す。 「若手芸人も大勢出るとは珍しいですね」 「そうなんですよ。ただ若手はネタの質に若干不安がありまして」  八野は頭を掻く。 「そこで里中さんにお願いしようと……」  吉木は腕を組みながら、頷いた。 「ええ。ご協力させていただきます。ぜひとも、お願い致します」  里中がそう答えると、吉木は「良かったですよ」と顔を綻ばせ、続けてこう言った。 「息子さんも出るわけですし、じつは待っていた案件だったんじゃないですか?」 「はい?」  里中は吉木の言葉に目を丸くした。 「里中さんの息子さん、お笑い芸人ですよね?」 「いえ……」  里中にとっては寝耳に水だった。20歳になる息子は、建築現場の社員として勤務しているはずだった。 「ご存じないんですか?」  里中は微かに頷いた。  吉木は八野に資料を催促した。吉木は八野から一枚の紙を取ると、里中に手渡した。それは出演者のプロフォール資料だった。  タレント名『ブルートレイン』と書かれた紙には、確かに自分の息子と知らない男がツーショットで写っている。 「今、人気出てきてますよ。まだテレビはこれからですが」  里中のショックを受け、八野は気を遣うようにそう言った。 「そうですか……」  里中は大きくため息をついた。あまりの気の落ち込みように、吉木と八野は、顔を見合わせ、その場に立ちつくしてしまった。
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