〇2息子

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「お前は分かってないんだよ……芸人の大変さが……」  里中は分かっていた、芸人の大変さを。里中とお笑い芸人の関係は切っても切れないものだった。  この仕事をし始めた時は、ライブやイベント会場にサクラとして駆り出されたこともある。里中は芸人と一緒にキャリアを重ねてきたと言っても過言ではない。  しかしあの頃、下積みを重ねていた芸人はほとんど残ってはいない。  里中は芸人と日々を共にすることで、戦友のような愛情のようなものが芽生えていた。戦友は次々に戦場で散っていった。あれほど面白いと感じていた才能が次々に消えてくのだ。あれほどの力を持ちながら、なぜ? という感情が里中を支配した。  それほど渡っていくには厳しい世界なのだということは、一番近くで日々目の当たりにしてきた里中が一番よく理解していた。 「俺は曲がりなりにもこの世界を20年以上見て来たんだ」  拳をテーブルに置き、プルプルと握りしめながら里中は続ける。 「芸人の世界がどんなに理不尽で厳しい世界なのか、俺は良く分かっているつもりだ。そんな世界に息子を置いておくなんて……」  里中にとっては精いっぱいの親心のつもりだった。しかしそれは息子やそして妻にはなかなか伝わらない。 「私は応援してあげたいと思う。お父さんの前で仕事ができるくらい、頑張ってきたんだし」  良子はプロフィールの紙に手を乗せながら言った。  確かに一押しの若手芸人としてテレビに出てくるには、かなりのセンスがいる。テレビでネタを披露できるだけでも相当なものなのだ。  息子の努力を認めてあげるべき、そんな良子の願いは、里中には十分伝わっていた。
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