〇3本番

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 息子の登場は三番目だった。  一番手のコンビ芸人の漫才中、里中はしっかりと仕事をこなした。さほど面白くもない若手の漫才。最初ということもあり、緊張が感じられ、コンビ間の息が合っていない。  登場した瞬間から、ボケはスマホのカメラを向け、ツッコミを撮影し続ける。 「うざいわ、何してんねん」 「いや、ピューリッツアー賞狙えるかと思って」 「こんな日常切り取って狙えるかぁー」  勢いの良いツッコミだが、お客の反応がイマイチ。  しかし里中はそこで笑った。だがやはり、外してしまった。分かりづらいネタのせいか、客の反応がイマイチだった。  あまりに不自然すぎるポイントで笑うと、単なる馬鹿笑いにしか見えない。 『これじゃあ、だめだな』  普通の笑いを諦め、小さく笑うことに決めた。それも引き笑いである。引き笑いの方が周囲に笑っていることをより強調して伝えることができる。  ひとネタごとに周囲に馴染むように小さな笑いを加え、余韻を残すように引いて笑う。客席には笑いは徐々に浸透し始める。場の空気が温まってきた。1分50秒を過ぎたあたりで、ここ一番の笑いどころがやってくる。  里中はそこがこのネタ最大の山場だと感じ、身体を仰け反り、手を叩き、大きな声で笑った。間違えたポイントで笑えば、単なる馬鹿笑いと化す。  その瞬間、温まっていた場がついに沸騰した。ネタの後半になってくると、その熱に感化されたコンビ芸人の息も自然と合って来る。  最初のネタが終わる。  一番手としては上々な滑り出しだったと里中は考えた。しかし芸人たちは浮かない顔をしていた。気持ちは分かる。最初の緊張感が尾を引いたなと、心の中で彼らになりきっていた。息子が来た場合どうなることやら。  
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