〇3本番

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 二番手目のベテラン勢は、経験の差が出たのか、まったくのノーミスでネタを終えた。こちらとしてはとてもやり易い。ただ笑いどころできっちり笑えば、それが広がり、観客席には爆笑が起こるのだから。  番組の構成上は若手対ベテランのネタ対決。一回戦目は、ベテランの圧勝だった。下剋上はなかった。  いよいよ三番手、ブルートレインがやってくる。勇人と隼人のコンビはどこまで実力を発揮できるんだろうか。発揮したところで、笑わないという絶対の自信があった。 『俺はおそらくお笑い番組を日本一見ている。ちょっとやそっとじゃ笑わない』  勇人と隼人がステージに出て来る。拍手をしながら出て来たが、ぎこちなかった。息子の勇人がボケで隣の隼人は弱いツッコミのようだった。  結婚式のスピーチと言う内容だった。  勇人の強いボケに、隼人が「それはちがうんじゃないか」「止めた方がいいと思うぞ」という、丁寧な訂正ツッコミを笑いながら入れる。 「持ち前の情熱と行動力で久美さんのハートを炒めたようです」 「射止めるだろ。中華料理じゃないんだから」  里中は思わず、吹きそうになった。  たいしたことのないボケとツッコミだが、非常に技術力が高い。さらに相方もすごく良い。勇人のボケをしっかりと包み込むような、訂正系漫才で優しい。 「久美さんが結婚すると聞いて、暴動が起きたくらいです。まだ犯人は捕まってませんが、どうか幸せな家庭を作ってください」 「怖いよ。そんな話し聞いて幸せな家庭が作れるか」  勇人がボケるたびに、隼人が笑顔なのも大変好感が持てた。笑い師をしているだけあって、里中は人の笑顔にはうるさいが、それを納得させるだけのものを持っていた。  ボケとツッコミの応酬に観客からも大きな笑いが漏れる。里中もいよいよ耐え切れない。このままでは笑ってしまう。里中は自分の太ももをつねって必死に我慢をする。  しかし笑いを堪えようとすればするほど、おかしさが増してくる。  ボケとツッコミの間延びしたやり取りが、笑いのツボを刺激する。里中は手で口元を抑えるが、口の中に溢れた空気が鼻を抜け、大きく音が鳴る。目尻は下へ緩み、ついに耐え切れず、口は決壊。  気が付くと、完全に声を出して笑っていた。  すでに巻き起こっていた客席の笑いに、さらに里中が巻き起こす笑い。その二つが交わり、スタジオは爆笑という波に飲み込まれた。
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