15人が本棚に入れています
本棚に追加
俺が初めてオンラインゲームというものに触れたのは三年前である。
大学時代に付き合っていた彼女から勧められ、次第にのめり込んでいった。
就職してすぐ、気持ちのすれ違いで彼女とは別れたもののオンラインゲーム自体は続けている。
所詮ゲームだろ、と断じてしまうには勿体無い楽しさがそこには存在していた。
もう一つの世界と表現する者もいるほどだ。
画面の向こうには何千何万という生きた人間がおり、そこには会話や奥深い人間関係が存在する。
ここまでの説明は一旦忘れてもらっていいかもしれない。俺がオンラインゲームを始めたきっかけと楽しさを伝えただけだ。
本題はここからである。
つい先日、オンラインゲームの中で『ジャッジメント』という男と仲良くなった。
ジャッジメントは俺よりも長くゲームをしており、懇切丁寧にゲーム内での知識を教えてくれる。
優しくしてくれる理由はわからないが、オンラインゲームの中では初心者や慣れていない者に手を差し伸べるということ自体はよくあることだ。これもまたオンラインゲームの楽しさである。
そんなジャッジメントから突如こんな言葉をかけられた。
「なぁ、今度オフ会があるんだけど参加してみないか?」
今更オフ会の意味を説明する必要はないだろうが、ゲーム内でしか知らないもの同士が実際に会うことである。
オンラインゲームにも慣れてきて、ゲーム内で関わる人たちと親密になりたいと思っていた俺は二つ返事で了承した。
どうやらそのオフ会はジャッジメントが主催したもので、いつもゲーム内で話をしている数人が参加するらしい。
「オフ会ってどんなことをするんだ?」
俺が問いかけると画面越しのジャッジメントは声だけでもわかるように微笑みこう答える。
「いろんな企画を考えているから楽しみにしてて。きっと驚くと思うよ」
ジャッジメントはそう言って、中身については明言しなかった。
しかし、最後にこう付け足す。
「僕がオフ会を運営しようと思ったのはキミがいてくれたからだよ」
「俺が? それは気になるな」
「ふふっ、当日の楽しみにしててくれ。一応確認なんだけど、オフ会の日に予定はないかい?」
「ああ、問題ないよ。何もない日だ」
「そうか、それはよかったよ。じゃあ、また当日に。会場はカラオケの一室を借りているからそこに集合してくれ」
ジャッジメントとの会話はそこで終わった。
そして当日。
俺は指定された時間よりも少し早くに指定されたカラオケへと向かった。
「初めまして・・・・・・ってあれ?」
そう言いながら部屋に入ったが、まだ誰もいない。
思っていたよりも早く着いてしまい、寂しいガランとした無人の部屋へと入る。
コの字に配置されたソファの端に座り、参加者の誰かが来るのを待った。
しかし集合時間になっても誰も来ない。
不思議に思った俺は一度部屋から出ようと立ち上がった。
すると、ちょうど同じタイミングでドアが開き、すらっとした男性が入ってくる。
「あ、えっと」
この部屋に入ってきたということはゲーム内での知り合いなのだろうが、声以外は知らないためその男性が誰なのかはわからない。
俺が戸惑っていると男性は丁寧にドアを閉めてから口を開く。
「初めまして、って言うのも変な感じがするね。どうも、ジャッジメントです」
「あ、ジャッジメントか。俺は太郎エモンです。まだ誰も来てなくて・・・時間間違ったかな?」
「いや、この時間で合ってるよ」
「え?」
思わず素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
しかしジャッジメントは気にせずに言葉を続ける。
「当日を迎えたけど、今日が何の日かわかるかい?」
「ん? この間も行ったけど、思い当たる節はないよ」
「そうか・・・・・・それを聞けてよかったよ」
そう話すジャッジメントの表情は複雑なものだった。口は笑い、目は何かを憎んでいるように見える。
不気味に思った俺は疑問を言葉にしようとした。
腹の中から溢れてくる疑問が声帯を揺らし音になる直前、ジャッジメントが急に俺に向かって倒れ込んでくる。
「え?」
再び素っ頓狂な声を漏らした俺は、次の瞬間脳内で処理しきれない感覚に思考を奪われた。
熱い、痛い、熱い、痛い。
交互に押し寄せる途轍もない衝撃が俺の言語を消し去る。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
全身の力が抜け、強制的に俯いた俺の目に映ったものは、腹部に突き刺さるナイフだった。
刺された。ナイフを見てようやくそれに気づく。
そのまま崩れ落ちる俺にジャッジメントは口元の微笑みを除いて純度の高い憎しみを向けてきた。
「お前がゲームを始めた理由は覚えているか?」
「う・・・・・・な、にを」
痛みで上手く声を出すことができない。
しかし、ジャッジメントは返事を待たず言葉を続ける。
「当時の彼女に勧められて始めたはずだ。忘れたとは言わせない」
「うう・・・・・・」
それどころじゃない。理解できない状況と痛みで何も言えないに決まっているだろ。
ジャッジメントは俺が苦しむ様を楽しむように覗き込んだ。
「苦しいだろう。愛子はもっと苦しんだ」
愛子。その名前には覚えがある。
俺にオンラインゲームを勧めてくれた当時の彼女だ。
だが、その名前がここで出てくる意味がわからない。
それでもジャッジメントは言葉を続けた。
「愛子はお前に殺されたんだ。お前が俺の妹、愛子を殺した!」
「何、を言って・・・・・・」
俺が聞き返すとジャッジメントは唾を撒き散らすよう叫ぶ。
「知らないのか! お前は就職活動が忙しいと一方的に愛子を捨てただろ。その時、愛子はお前との子どもを身籠もっていた。けれどもお前の邪魔にならないように、と黙って身を引いたんだ。そしてどれだけ反対されても愛子は子どもを産むと譲らなかった。とうとう追い詰められた愛子はお前に相談しにいった、覚えているか?」
そう言われて俺は確かに思い出した。
就職が決まってすぐ、愛子が復縁を求めてきたことがある。
その時の俺は大企業への就職が決まり、他のことに興味がなくなっていた。
それどころか、離れていった愛子が大企業への就職という餌を求めてきた獣のように感じ拒絶してしまっている。
だが、身籠もっていたなんてことは知りもしない。
そう伝えようにも痛みと目眩で上手く声を出すことができなかった。
「ううっ」
「いいか、お前に拒絶された愛子は海に身を投げて死んだ」
「!?」
突如突きつけられた事実で痛みが薄れていく。
愛子が死んでいた、それも自分のせいで。
腹部を刺されていることよりも大きな衝撃である。
その間にも血液は絶え間なく流れ出ていき、思考力は欠損していった。
刺された理由はわかる。愛子の兄であるジャッジメントが俺を恨んでいるのもわかる。
けれどどうして今更なんだ。その疑問だけが薄れゆく意識の中で残っていた。
ジャッジメントは俺を見下しながら最後に言い放つ。
「お前が知っていれば、覚えていればこのオフ会はなかったよ・・・・・・今日は愛子の命日だ」
最初のコメントを投稿しよう!