ごめん、とそれを置いていけ。

1/4
27人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 アパートの外階段をトントンと上がって、コジローは部屋の鍵を開けようとした。  するとそのとき、隣室の扉が開く気配がした。  ヌッと現れたのは、背の低い小太りの中年男だった。彼はコジローをちらと見て、サッと顔に()(しょく)()マスクをつけた。 「こんにちは。新しく越してきた方ですか? やあ、どうも。よろしくお願いします」  コジローは野球帽に不織布マスク姿。互いに目だけで微笑み合ってみても、素顔は見えないご時世だ。  中年男は(すず)()と名乗った。コジローは()(とう)と名乗った。 「どちらも苗字に個性がないですなあ」と笑った男の首には金のネックレス、手首には金のブレスレットが光っている。 「では、仕事があるので失礼。機会があれば飲みに行きましょう」  言って男は扉に鍵をかけず、階段を下りていった。  コジローはそれを見届け、ハンカチでノブを持ってその扉を開けた。  一度外を見て、男が駅方向に歩いていくのを確認し、部屋の中に入り込む。  室内はぬいぐるみなどの可愛いグッズが多くあり、()()に住んでいるのは二十代の女性ではないかと思った。成金中年男が若い女を囲っているのだろうか。鍵をかけずに出て行ったことは、その女が近所のコンビニにでも行って、すぐに戻ってくる可能性を示唆していた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!