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「ただいママ~」
「おう、おかえり」
夕飯を娘の部屋の前に置き、ママの帰宅を待つかどうか、考えながら階段から降りて来たところで丁度の帰宅。
「ご苦労様。メシできてるぞ、一緒に食おう」
「シャワー浴びたい〜」
「待つよ。沸かしてあるから風呂浸かりな。勉強会どうだった?」
「お腹すいた~」
「夜までだもんな、早く行ってきな。あ、なぁ今度の日曜の事、知ってるか?」
「なんかタヌキにセクハラされて悲しくて悔しくて涙と震えが止まらないみたいなメールきた〜」
ぽんぽこ~、とか言いながら寝室に着替えにいくママ。お気付きだろうか?俺と会話してない、これはちょっと怒ってる。
「いやだって、それくらい言い返しても良くない?アイツひでぇんだよ」
寝室まで追っかけながら言い訳じみた事を言う俺を見ず、部屋着に着替えながら「ん?」と曖昧な返事をするママ。
「韓国ドラマに出てくる『フラッグバク』って妖怪のぬいぐるみ、あの娘欲しがってたな〜」
「…………いつもすいません」
諍いが起こる度、こうしてママに頭を下げる。もういっそ二人が共謀してふっかけてきてるのではないかと思う。
「さしあたりハーゲンを娘とダッツしなきゃな〜」
「はい、直ちにコンビニに行って参ります」
まぁふっかけられるだけマシとも言える。構われなくなった時こそおしまいなのだ。
「ラムレーズンとクッキー&バニラが必要だな〜」
「心得ております」
「お風呂上がり直後じゃないとムリかも〜」
「今行ってくるって、間に合わない筈ないだろ?」
「私がフォロー出来る時にモメてくれないかな〜」
「…………だって…」
確かに俺は人に自慢できるような親ではない。ではないが、だったらわざわざ家に連れて来なくたって良いだろう。外で会えばいいのだ。俺の家でいったい何するつもりだ馬鹿野郎クソ野郎もう死にたい本当ヤダ。
余程悲しそうな顔をしていたのだろう、ママは俺の顔を見て呆れた様に嘆息し、
「まだお手々も繋いでないってよ〜」
俺が欲しい言葉をポンポン吐き出す。さとりか何かなのだろうか。
「そんなんカマトトぶってるだけだ。信じてやるもんか」
「はいはい、私がいるからいいじゃない」
雑に俺を宥め、ママは風呂場に行ってしまった。
「…………はぁヤダヤダ…」
寝室を出て、書斎とは名ばかりの俺の物置部屋に向かう。忘れないうちにパソコンで検索し、履歴だけでも残しておかなければならない。
しかしママの手のひらの上なんてのは今更だが、家庭内でのこの立場の弱さはどうなのか、女性の社会進出の著しさを憂う。日本の向かう良い方向とは、俺みたいなしょうもないオッサンに寄り添ってくれるものでは決してないのだろう。
ママは小児歯科専門医として十分稼ぎがある。
娘には成長と未来がある。
我が家に於いて、経済的にも精神的にもいなくていいのは俺だけである。惨めなもんだ。
書斎につき、パソコンの電源をつける。画面には太る前の俺と、やや若いママと、まだパパっ子だった頃の可愛い可愛い可愛い可愛い娘が映る。今はあんなんだが、この頃はパパのお嫁さんだのなんだのも言ってくれていたのだ。
ああ、こん時は良かったなぁ…
幸せの絶頂だった昔の日々に暫し呆けた後、何を調べるんだったか、とりあえずパソコンの検索エンジンを開く。
「…………ふん…」
もう戻らない日々から目を逸らしたいがためか、ふと、検索バーに俺が打ち込んだのは、泥棒の由来だった。
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