アウトサイダー 2

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アウトサイダー 2

 TORとは自身のIPアドレスを相手側やウェブサイト管理者に知られる事無く、インターネットへ接続、メールの送受信も可能にする匿名通信システムである。    その名にONIONが含まれているのは、文字通りタマネギの皮のように「ノード」と呼ばれるネットワークの結節点が幾重にも折り重なった構造から来ており、層の数が多ければ多いほど追跡は難しい。  アメリカ国家安全保障局(NSA)が一時、TORを使った通信の傍受とデータ保持に成功したとの情報が流れたものの、TORの方も進化して匿名性を高めるイタチごっこが続いている。  本来、TORは米海軍の出資で開発され、その後、民間の有志が開発を続行した合法的な仕組みに過ぎない。  アメリカ軍、CIA等の政府機関が公に出来ない情報戦略や研究・調査に用いている他、アジアや中近東の圧政に苦しむ人々を密かに支援したり、大企業の不正を内部告発する等、有益な使われ方もしているのだが……  秘匿性の高さは犯罪者にとっても極めて魅力的だ。  『ダークウェブ』と呼ばれるインターネットの深淵、闇の領域を行き来するのに使われ、違法な品や情報の売買、犯罪行為の依頼、請負等の非合法ビジネスにおいても主要なツールとなっている。  志賀が常用しているのは、TORシステムの要=ネットサーフィン用の『TOR BROWSER』だ。  ディープネットの中でのみ閲覧可能な「.onion」のトップレベルドメイン(IPアドレス末尾の文字列)をもつウェブサイト、即ち通常のブラウザでは到達が困難な「闇サイト」を狙い撃ちできるようにしてある。  わざと世界各地に散らばった多数のノードを通過するよう設定した為、志賀が自作したハイスペックのパソコンでさえ処理が重く、遅い。    とは言え、扱いは慣れたもの。  昔、医者を目指した事もある志賀は理系の知識全般に強く、引き籠りを始めた当初はIT技術の習得にはまっていたから、ちょっとしたハッカー並みの腕を持っている。  通常のネット検索で到達できる領域を海の浅瀬と例えるなら、微かな光も届かぬ海溝の底とも言うべきディープネットへダイブ、まもなく目指す裏サイトへ到達した。  そこには多種多様な言語で表題が併記されており、日本語部分に『タナトスの使途』、英語の欄にはその英訳に加え、『THE BLACKSITE』との副題もついている。  オカルト色満載の禍々しいトップページは洋館の門を模す立体的な造りで、西洋魔術の要素に加え、陰陽道のシンボル・晴明紋なども効果的にあしらわれていた。  この辺のアレンジはスポンサーの意向を汲みつつ、志賀が工夫したものだ。  ユーチューブ等、表の世界の投稿サイトでは単なる投稿者に過ぎない志賀だが、この闇サイトでの立ち位置は違う。前任者から引き継いだ管理者の権限を持ち、自分の庭のような居心地の良さを感じる。  まず投稿のチェック。日本だけじゃなく他国の有料会員からも届くメッセージへ目を通し、前回の『ライブ中継』の反響を確かめる。  中々、良い感じだ。  強烈なインパクトの素材を山奥の『現場』から生放送したのだから当然だが、伝説の『赤い影』による惨劇ライブを絶賛する声が届く度、自ずと高揚感が沸く。何処にも居場所が無かった身の、安息の地がここ、ネットの深淵にあると実感できる。  しばし掲示板を眺めて悦に入り、おもむろに志賀はページの更新に移った。 「さ~てコイツをどう料理する? ヒット数とか、ココじゃ意味無ぇけど、つまンないのは俺のプライドが、なぁ」  絶え間なく独り言を呟きつつ、志賀はこの裏サイト用に集めた素材の数々を別ウィンドウで表示し、眺める。  メインは大学で撮った守人のスナップ写真だ。  カメラを向けた時、ひどく驚いた顔をしていた。  まさか来栖准教授ではなく、自分が乱入のメイン・ターゲットだなんて、このバカ面じゃ想像もしていないだろうが……   「我らが愛しき子羊。特別なんだ、お前は、よ」  他にも大量にストックしてある動画ファイルと如何に組み合わせてページを構成するか、志賀がアレコレ考えている間に、ディープウェブの掲示板を通し、メッセージ着信のアラームが鳴った。  差出人は『赤』。  昭和の時代から続くサイトのスポンサーにして、華麗なる惨劇の主役。志賀がこの世で唯一敬い、一目も二目も置く相手だ。   「さ~て、旦那、何か追加のオーダーでも?」  志賀が掲示板にアクセスすると『午後8時 ダイニングバー 小十郎』とだけメッセージが書かれている。 「へぇ、バーね。今日は土曜だから、空いてンだろな」  場所を示す地図も添付されていた。  それ以外の細かい指示は付されておらず一見、意味不明。でも、それがどんな行動を求めているか、志賀にはちゃんと分っている。   「悪いけど今夜のエッチはお預け。茜チン、お留守番な」  志賀はサイケな壁の向う側へ声を張り上げた後、パソコンの電源を落とし、口元を歪めて笑う。そしてすぐさま、デスク横のスポーツバッグに手を伸ばし、引っ掴んで勢い良く立ち上がった。  鈍く輝く金槌、荒生岳の山中で女性を殴打した、あの凶器と酷似する品を無造作に奥へ詰め込んで……
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