宴の前に 4

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宴の前に 4

「で、富岡さんが向かった場所、具体的にどの辺なんだい?」 「あ、それはですね……」  文恵が説明しようとした時、『タナトスの使徒』サイト内にもう一つ動画ウィンドウが開いた。  およそ半時前、守人が臨を何処かへ連れ出した直後に止まっている山間施設のストリーミング放送が再開されたと思ったのだが、違う。  額縁風の枠内に浮かび上ったのは、余りに見慣れた光景で…… 「あ、何や、これ?」 「嘘だろ、オイ!」 「何で、ウチの大学が!?」  三人一斉に驚きの声を上げた。  動画ウィンドウは陸奥大学メイン・キャンパス内、校門を入ってすぐのロータリーを映し出しており、画面が終始揺れている所から見て、誰かが奥へ移動しながら自撮り撮影しているらしい。  その誰かは……『赤い影』。  それも一人ではない。真っ赤なゴアテックスのレインコートをひらめかせ、僅かにサイズの違いがある赤い仮面を被った者達が画面一杯にひしめいている。  一体、何人いるのだろう?  ウィンドウ内には『赤い影』の扮装をした奴らが十五名程度映り込んでおり、少なくとも、その倍はいそうだ。  斧、ナイフ、バット、木刀……各々が握り締めている凶器のバリエーションが、仮面に隠れた人物像の多彩な背景を物語っているが、明らかに共通する強い感情で駆り立てられている。  純粋な殺意だ。 「や、やばいがな!」 「この映像の向きだと、多分、目指しているのは……」  文恵が咄嗟に大学構内のマップを開き、指で『赤い』集団の現在位置と彼らが向かう方角を示した。僅か数十メートル先に三人の現在位置・医工学科ビルがある。  もうラボから逃げ出す暇は無いだろう。  あんな奴らと路上で鉢合わせなんて、余りに危険過ぎる。仮面のお陰で表情こそ見えないが、犠牲者を欲する彼らの異常なテンションが伝わってきた。  バットや木刀を振い、目に付く物を片っ端から破壊。オブジェ等、引っ繰り返せる物は一々引っ繰り返して、その度に両手を突き上げ、雄叫びを上げる。  其々に罪の意識は全く見受けられない。明らかに面白半分。お祭り騒ぎも良い所だ。  もし富岡がここにいれば、1960年代の過激な学生運動を想起したかも知れない。当世風に言うと、大晦日に渋谷のスクランブル交差点へ集い、大騒ぎする若者の心理とさして変わらないノリだろう。  多分、ある種のオフ会なのだ。  ダークウェブの深層で『趣味』にいそしむ猟奇殺人マニア……隅が作り上げたサイコパス・ネットワークの面々が主軸になっている筈で、まともに顔を合わす事が難しい彼らからすれば、一堂に会する貴重な機会と言える。  秘めた願望を思うがまま開放できる一世一代のイベントなのであろう。狂喜乱舞するのも無理は無い。  だが、襲われる側に立つ笠松、文恵や正雄からすれば、群衆心理で加速する集団狂気としか思えなかった。    それだけではない。ダークウェブ版『タナトスの使徒』に又も新たなウィンドウが開き、その中央に小さな部屋が現れる。  それは病院の診察室を思わせる凝った意匠の部屋だ。  アイボリーの壁四方に名画が飾られ、正面の肘掛椅子に真ん丸な仮面を被った男が座していて、ゆったり頬杖をつき、こちらを見つめる。  ゴアテックスのレインコートから赤い液体が床へ滴り落ちていた。  五十嵐のマンションを守人が襲った際、その直前にパソコンの液晶画面へ現れ、五十嵐を驚かせた動画とそっくり同じ光景である。  外にいる多量の模造品とは一味違う、オリジナルと思しき『赤い影』。  ほぼ同時刻に山間地の廃校でも、そっくり同じ姿の殺人鬼が実際に姿を現し、臨や守人と対峙していた事……まるでドッペルゲンガーのような状況が発生した事実を、笠松達はまだ知らない。 「手前ぇ、隅か!」 「ふふっ、どうとでも好きに呼び給え」  笠松の叫びに答える『赤い影』は、いつも通り年齢も性別もわからない電子音声で答え、ウィンドウの奥で余裕を漂わせていた。 「お前、やっぱり生きていやがったんだな」 「ふふ、若い刑事さん、リアクションが五十嵐君と同じだね。下衆の反応は基本的に似てくるものだ」  こちらの声へ即座に反応した所を見ると『赤い影』はラボの監視カメラをハッキング、自在に操作し、精神神経医学教室・内部の様子を音声付きで見張る事ができるらしい。  マンションで刺されて以来、未だ意識を取り戻さない五十嵐の姿を思い出し、笠松は奥歯を噛みしめた。 「隅……外にいる連中は、お前の手下か?」 「いや、あくまでも各自の自由意思で集まったネットワークの有志だよ。勿論、サイトで告知はしたがね」 「何を企んでる? 拉致した能代さんや高槻守人とも関係があるのか?」 「今夜のライブは二元生中継、異なる場所が舞台として連動するスペシャル・バージョンだ。喜び給え。君達もイベントの生贄……いや、ゲストとして正式にキャスティングされたよ」 「イベント? ふざけんな、アホ!」 「今すぐ臨を返して!」  怒りと恐怖で声を張上げる正雄と文恵の反応を見据え、『赤い影』はゆっくり肩を竦めて見せた。 「料理される側が献立の何たるかを知る必要は無い。その代わり、ネットを通した世界の目が君達の行く末を最後まで見届ける」  ラボの監視カメラが複数同時に蠢き、笠松、正雄、文恵をそれぞれ捉えた。  別の動画ウィンドウには『赤い影』に扮する兇徒達が医工学科ビルへ侵入を果す様子も映し出されている。  静まり返った路地に他の学生の姿は無い。何らかの手段で大学の一区画を封鎖。警備員の動きも封じているらしい。    おまけにラボの固定電話はラインが切断されていて、携帯電話もジャミングが行われているのか、電波が基地局へ届いていない。  唯一、ネットに繋がっているパソコンは、こちらから連絡を取る為のアプリ等が使用不能。ボット・ウィルスの感染は以前から分かっていたのだが、調査の為に敢えて放置しておいたのが裏目に出た。  即ち、医工学科ビルは完全な孤立状態だ。誰の助けも期待できない。 「用意周到……あいつら、やる気満々やな」 「どうしよう、逃げる? このビルの、何処か別の階へ隠れるとか」  顔を見合わせる正雄と文恵に、「もう手遅れだよ」とだけ告げ、笠松は机などを動かしてドアの前へバリケードを設け始めた。  廊下を夥しい足音が迫ってくる。  肩のホルスターから拳銃を抜き、笠松は装弾数をチェックした。  五発残っているが、果たして使わずに済むか? いや、使った所で生き延びる余地が俺達にあるのだろうか?
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