木造のアパートで

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木造のアパートで

 大学4年の時、それまで住んでいた合宿所を出て、独り暮らしを始めた。  父が後輩に手を出し、(父は元々女癖が悪いので)それがうわさになって、とてもではないが、合宿所にいられる状態ではなかったからだ。  初めての一人暮らし。お金も実家からの仕送りだったし、引っ越すとなると家財道具から何から必要になるので、できるだけ安いアパートを探した。  大学のある駅まで4駅ほどの駅で駅まで徒歩5分、お風呂はないが先頭までも5分という好立地なのに管理費合わせて5万円のアパートがあった。  初めてのアパートなので、何が良いのか悪いのかもわからないままそのアパートで暮らし始めた。  後ろはうっそうとした竹林の土手で、ベランダもない。腰窓だけだ。竹林側の窓を開けるのはなんとなく怖くて開けられなかった。虫が多そうで。  玄関側のキッチンの窓は網戸がはめ殺しだったし、大家さんの家がめのまえにあるアパートだったので、危ないこともないだろうと良く窓を開けて寝ていた。  ある朝、起きたときに、アリの行列が台所の仲間で繋がっているのを見て、ぎょっとした。  私は虫が嫌いだ。アリも勿論好きではない。なのでお砂糖は結構厳重にゴムで止めて、さらにタッパーにいれていた。  だからお砂糖の訳はない。  眼鏡をかけてよく見ると、アリの列は流しの中につながっている。  流しを見ると、昨夜飲み終わったコーラのペットボトルが置いてあった。    洗うのを忘れた上にキャップを閉めていなかった。  アリの行列は窓から入り、ペットボトルを登りペットボトルの中に入り、わずかばかり残ったコーラの糖分を盗むべくぞろぞろとつながっている。そして、糖分を手に入れたアリはまたペットボトルを登りペットボトルを降りて、窓の外まで続いていたのだ。  私はすぐに駅近くの薬局に走り、アリの巣コロリを買ってきた。  アリは一度獲物がいたところにもう一度戻ってくるような気がしてしまったのだ。『巣ごと、やっつけなきゃ。』私の頭にはそれしかなかった。    それから『ゾッ』としながらペットボトルのアリのいない部分を探し水道の下まで持ってくると水を流した。  自分の不注意でアリを集めてしまったものの、このまま家の中にアリがいる状態では夜に眠れない。  溺れたアリも数匹はいたが大抵は水道に流した時に一緒に出てきて、窓口に置いたアリの巣コロリめがけて列を作った。  それでも2日間ほど、アリの巣コロリに行列を作りに来ていたアリは、その後ぱったりと来なくなった。  巣ごと駆除できたのだろうか?それともエサが亡くなったのだろうか?  どちらにしてもひどい話である。今更ながらあの時のアリさんには謝りたい。  私がそれからは必ずペットボトルを飲み終わったらすぐに洗うようになったのは、勿論である。      
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