「うちにおいでよ」

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「ところで、そろそろ帰らないとまずくない? バスの本数あんまりなかったような……って、あ!」  真衣が「あのバス!」と指を差す。行きと反対方向から来たバスが、ちょうど停留所手前で信号待ちをしていた。間に合うかどうか微妙な距離だな、と結花は思ったけど、真っ先に真衣が階段を上り始める。 「走れー!」  珍しい真衣の大声に、遅れた三人は一斉にスタートダッシュする。 「青春、って感じだね」と沙紀が言って、一番後ろできゃははは、と笑う詩織の声が追いかけてくる。  結花は横断歩道にさしかかった真衣に追いついた。 「真衣!」  親友が横を向き、笑う。この笑顔を、この夏を、きっと忘れない。  心に刻む。 「ただいまー」 「ねーね! かえりっ!」  ドアを開けると弟が走ってきて出迎えてくれた。  光は意味もなく、廊下を走り回ってきゃはきゃは笑っている。  産まれたてはふにゃふにゃだったのが、身体の使い方を覚え、力強く地面を蹴り、小さな頭で考えて大人が思いもよらないことをやってのける。今はまだ、常識も礼儀も関係ない。世界全てが光の遊び場だ。  細胞の一つ一つがきっと大人なんて比較にならない速さで分裂し、1日1日大きくなっていくんだろう。見るもの全ての意味がだんだん頭に染み込んでいく。言葉が蓄積される。成長が早い。  足にしがみつかれて「こーら」と言いながら、頭をなでる。  私の中身もそうなんだろうか。成長期も終わったし見た目はあんまり変わらないし、人間関係ではすぐ傷つくし、傷つけるし。もうやらないと心に決めた過ちさえ、また繰り返して、光より成長していないんじゃないかと思うこともあるけど、  それでも、去年と今年の私は違うと信じたい。欠けていても普通でなくても人と壁があってもいい、幸せを感じられれば。    むぎゅ、と柔らかいほっぺたを両手で包み込み、つぶらな瞳を見つめる。 「よーし、お姉ちゃん光に負けないくらいがんばるからね」  何を、とはまだ言えないけれど。 「えいえいおー!」と弟は返してくれた。
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