小さな怪獣

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小さな怪獣

 いつか、この壁がなくなる時が来るんだろうか。  結花(ゆいか)は駅を行き交う大人たちをなんとなく眺めていた。  誰も彼も、大人は完璧に見える。みんな普通に学生やって、就職して、仕事して。今の自分には「普通」との間に見えない壁を感じていて、同じように大人になるとはどうしても思えない。  そのままぼうっと家のことを考えてしまいそうで、結花は頭を振って友達との会話に意識を戻した。  「宿題マジでだるいわー佐々木のやつ、ウチらも忙しいって知ってんのかな」 「あの量えげつないよね」 「やる気なくすよねぇ」  ざわざわ、ざわざわ。  アイドルの新曲の話題、部活の先輩がかっこいい話、親に塾を進められてゲンナリしてる話。  結花は適当に相づちを打ちつつ、時々大げさに笑いながら「友達と盛り上がってる放課後の女子高生」の顔をしてタピオカレインボーティーをすすっていた。レインボーの部分は正直よくわからない。色がついているだけで味は変わらない気がするけど、見た目が楽しいのでまあいっかという感じがする。タピオカは甘く、噛む弾力が楽しい。高校生のお財布には少し厳しめのお値段だけど。  笑い声が大きくなると、通り過ぎる大人がちらり、と視線を投げてよこしていく。  駅チカの噴水広場。噴水の縁には座れるスペースがあり、そこでひとしきり話をしたあと別れるのが結花と友達3人―真衣(まい)詩織(しおり)沙紀(さき)との習慣になっていた。  今日は新しいタピオカティーの店に寄ってからなのでいつもよりここにいる時間が長い。ケータイの時間を気にしていると、真衣が「あ、ごめんそろそろ行かないと」と切り出してお開きになったのでホッとした。 「じゃーねー」 「また明日ー」  手を振りながら笑顔で別れる。真衣がつけている香水の香りがふわん、と鼻をかすめた。  しばらく歩いて振り返り、皆が見えなくなったのを確認して、結花は改札に向かう道から左に折れ、エスカレーターで地上に出て、ドラッグストア目指して歩き出した。日中降った雨のせいで街は蒸し暑く、額にじわりと汗がにじむ。  帰路につくたくさんの人、人、人。間を縫うように歩いて店にたどり着く。表に並べられているお菓子、綺麗なアイシャドウをつけて微笑むモデルのポスター、CMで流れている日焼け止め。惹かれるものはたくさんあるけど、結花の目当ては奥に並べられている大きなパッケージの袋だった。  ビッグサイズ。12~22kg。横モレ対応、朝までぐっすり、38枚入り――の、オムツ。  無造作に2つつかんで、ついでに子供用歯ブラシも入れてレジに並ぶ。Suicaで支払った後、カバンからどでかいエコバッグを広げてオムツを押し込む。正直、ナプキンを買うより恥ずかしい。でも母があちこち調べて、ここが1番安かったし家計を助けるためには仕方ないのだ。  家のお金は、結花の進学先にも関わってくるのだから。――まだ決めてもいないけれど。  オムツが目につかなくなると安心した。結花は来た道を引き返し、改札に向かう。ピッ、という音とともに「残金が少ないから親からお金もらわなきゃだった」と思い出す。最近忘れっぽくて困る。  地下鉄も混んでいた。皆家に帰るんだ。綺麗な黒髪のOLが目についた。  ねぇ、あなたはどんな家に帰るの?  ドラマのセットみたいに片付いてて、窓に薄いピンクのカーテンがかかって、おいしいごはんをこれから作るのかな。  それとも恋人が待っているのかな。  私はね、小さい怪獣がいる家に帰るんだよ。
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