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「いいのよ、そんなもんよ。あの先生、去年はトップクラス見てたらしいから厳しいんでしょ」
母は平然とお冷を飲む。
「そうなの?」と結花は驚く。どこから情報をつかんでいたのだろう。仕事と家の往復しかしていないようでいて、母の情報網は侮れない。
しかしそうなると、自分のクラスからトップクラスに行く生徒がいて、その友達がこんな調子では一瞬顔をしかめたのにも納得がいく気がした。
「でも、光のことまで言われると思わなかった」
成績のことより、むしろ最後の方で言われたことが結花は引っかかっていた。
担任は一通り成績や大学の話をした後、おもむろに俊樹の方を見て言った。
「今3歳の子供さんがいるんですよね。走り回ったりして元気でしょう」
なんでここで光のことを言われるんだろう、と結花は晴香と目配せをした。なんだか雲行きが怪しいぞ。
俊樹はなんの疑いもなくニコニコして、「そうなんです、すっごく元気なんです。結花ちゃんもよくお世話してくれて助かっています。優しいですよね」とこちらが恥ずかしくなるほど親バカを発揮した。義理の娘にまで親バカ発揮しなくてもいいのだけれどと少し照れくさくなったとき、担任が咳払いを一つした。
「それはいいですね。――にぎやかで勉強できない環境ってことはないですか?」
その問いかけは、ざっくりと結花の心を裂いた。確かに、光がいる我が家は騒がしい。まとわりつかれて、持ち物を壊されることもある。だけど。
「そんなことないです!」
自分でもびっくりするほどの声が出て、結花は驚いた。両親と担任の注目を集めてすぐに小さくなる。
「……勉強できてないとしたら、私の問題だと思います。弟のせいってことは、ないです」
少しの間、沈黙が下りる。
「そろそろ時間ですね。次の方が待っているんじゃないです?」
晴香が助け舟を出し、担任はやや早口で、「帰宅部ならもっと勉強に時間をあてて二学期はがんばりましょう。この夏休み中、塾に模試だけ受けにいくのも雰囲気が味わえていいと思います」と言って、面談は終わった。
「光のことまで持ち出すことないのに」
結花はむくれる。勉強しなきゃいけないのも、将来のことを考えなきゃいけないのもわかる。だけど光に会ったこともない担任に、あんなふうに言われなきゃならないなんて。
「ヤングケアラーもニュースになってるからね」
どきりとした。結花もニュースで見たことがある。小さな兄弟の世話や介護に追われて教育が満足に受けられない、結花と同じくらいの年の子たち。勉強に打ち込めなかったり、部活動ができなかったりするという。イメージ映像が流れる中、インタビューされた実際のヤングケアラーの音声が流れて、内容もさることながら疲れた調子の声に胸が痛んだことがあった。それでよく覚えている。
「私、自分のことあんなふうに思ってないよ」
「知ってる」
母は流したが、結花は自分で言った言葉に傷ついた。気を付けようと思ったのに、また私は見下しているんじゃないか。
「先生だって心配して聞いたのよ、家の中のことは外からじゃ見えないから」
「うん……」
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