「うちにおいでよ」

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「うちにおいでよ」

「いや実は、父親の浮気が発覚してさ」 「ええっ」  大きく反応したのは結花だけだった。詩織はソフトクリームに夢中だ。 「母親がそれで実家に相談して、おじいちゃんおばあちゃんも乗り込んできて何日か話し合いしてたんだよね。結果的に離婚はしないことになったけど父親が小さくなっててさ。今過ごしやすいよ」 「そう、なんだ……」 「他の家族に強く当たったのも、後ろめたさの裏返しだったみたい。迷惑な話だよね。今度は母が強くなって、明るくなってる。本格的に料理に凝りだして、はっちゃけて……あんな人だったんだなって新鮮」 「へぇ」  真衣を取り巻く環境が変わっていることに安堵した。結花には、家庭まではどうすることもできなかった。自分に安心できる家庭があるように、真衣にもそんな場所、いや一緒にいて安心できる人がいればと、ずっとそう思っていた。 「兄貴も、大学中退してどうなることかと思ったけど、今は友達の小さい会社手伝ってる。たまに帰ってくるけど楽しそう」  沙紀がコーンを包んでいた紙を広げて「よかったね」と言う。 「いろいろあるねぇ」 「いろいろあるよ」  真衣は背伸びをした。 「でも、あと何年かしたらうちを出て、お金を稼いで、自分の力で生きていけるんだって思ったらホント楽になった。病院継いだら、あとはやりたいようにやるよ。ま、そこに行きつくまでが大変なんだけど」 「真衣ならできるよ」  結花の言葉に、真衣の横顔は照れくさそうに微笑んだ。 「ありがと。……結花はどうなの? 塾も行き出したし、将来の目標決まったのかな、ってあたし聞きたかったんだけど」 「私?」  ええと、と考えながら結花は不意に泣きそうになった。あの、重苦しい日々を抜けて、真衣がなんでもなさそうに話を振ってくれるのが嬉しかった。  遠くで小さい子が母親とはしゃいでいる。心の底から楽しそうに笑い声を上げている。目に入った時、言葉が自然と出てきた。 「まだ全然固まってなんだけど、弟が言葉がゆっくりで、保育園とは別に、サポートしてくれる施設に通うようになって……そういう福祉関係? に興味が出てきたかな」  すう、と息を吸い込む。皆が自分の気持ちをこれまで話してくれたように、結花も形だけではない友達になりたかった。だから伝えよう、と思った。 「子供のうちは周りと壁を感じて、うまくいかなくて、自信をなくしたり後ろ向きになったりするから。そういうとき『大丈夫だよ』って言える心と、専門的な知識があったらいいのかな、って」    おしゃべりな詩織も、結花が言っているのは真衣とのこともあるだろうと気付いただろうに、今回ばかりは何も言わなかった。沙紀も。 「――なんて、まだまだ知らないことばっかりだけどね。こないだまで親が歳の差婚だから、弟と年が離れているからって引け目を感じていたし」 「結花、そういうのなんて言うか知ってる?」 「え?」  真衣と視線がぶつかる。その目は笑っていた。 「井の中の蛙っていうのよ」
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