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約束
「サイアク……」
つぶやきながら駅までの道を走る。朝の光がまぶしい。夜中また雨が降ったらしく、小さな水溜まりが目につく。ぱしゃん、と雨水が跳ねる音を置き去りにして結花は走る。
昨日は俊樹がケータイの充電器を貸してくれた。母は「ダメだよー結花お姉ちゃんのだいじ、だいじだからねー」と言ってくれた。
詩織が言ってた動画も見れたし、沙紀と他愛のないやりとりもできた。宿題だって頑張って済ませた。
何一つ支障はなかったのだ。なかったのだけれど、光に対するモヤモヤが消えない。
いつまでも俊樹の充電器を借りる訳にもいかないし、母からは今日買って帰っていいよと言われている。
昨日も今日も光のせいで手間が増えるし時間もとられる。
何より本人に悪気がなくて、それで良しとされているのが結花には腹ただしい。
2歳児にイライラしてもしょうがないとわかっているのに。
昨日「ごめんねーしようねー」と母に言われた光は「めんねー」と頭を下げた。そしてまた「わぁ、ちゃんとごめんねできたね」と褒められていた。言われた本人はえへへ、と笑った。
罪悪感なんて感じてないんだろうな。
それでまた今朝も「ねーね!」とにこにこして寄ってくるのだ。こちらが睨んでもびくともしない。
最高に可愛いのに最高に憎たらしい。
あーあ、高校卒業したら、一人暮らしでもしようかな。新しい家の部屋、ちょっとしか住んでなくて、もったいないけど。自由が欲しい。
各駅停車の便に滑り込む。朝は余裕で座れるのが嬉しい。引っ越してよかったことが、ここに一つ。
「昨日ケータイの充電器壊されたーサイアク」とTwitterでつぶやく。ろくにフォロワーもいないけど「いいね」がつくと認められたようで嬉しい。
スクロールしたらフォロー中の人達のつぶやきで結花のつぶやきが埋もれた。「おはようございます」「今朝はお弁当作った」「新ドラマたのしみ」「小テストゆううつ」……。
みんな生きているんだなぁ、と思う。ちょっと元気をもらう。いいことと悪いこと、足してわずかでもいいことが上回る人生ならいいなと思う。
ホントは、こういう想いも友達に言えたらいいのに、と思う。
でも結花は言えない。
弟がいることも、若い父親がいることも友達は知らない。
言えたらなぁ、言おうかなぁ、と思うたび中学での出来事が思い起こされる。
今と同じ、梅雨の日だった。
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