7人が本棚に入れています
本棚に追加
†
トイレに籠城という迷惑極まりない行為をされてから1時間、私はガキどもを無視し続けた。この場から逃げてからの換算となると2時間は経っただろうか。
クリクリ坊主とニヤケ長髪は1時間を過ぎたあたりに、何やらこそこそ話して、どこかへ消えてしまった。
「またか……ぅるせぇな」
こちらもこちらで大変なことが起きている。会社からの電話が携帯にかかってきていたのだ。それもこの1時間の間に4件も。そう言っているとまたかかってきた。うんざりしながらも何か大事な要件、特に退職するにあたっての連絡事項かと思ってしまう。仕方なく出ることにした。
『あ、やっと出た。困るよ美澄さん、電話が何回もかかってきたらすぐに折り返さなきゃ』
やっと出た、じゃねーよと腹の中で舌打ちしてから「……どうかしましたか?」とワントーン声音を上げて応対する。
『いやね、美澄さんが辞める前に作ってたマニュアル、あれ未完成だから完成させて欲しいんだけど。困るんだよやりかけていなくなるの。やるなら最後までやってから辞めてよ』
一瞬耳を疑った。
最後までやってから辞めてよ? は?
『メールで送っておくから明日までに完成させて送り返してね。どうせ辞めてから暇なんでしょ? 美澄さんにいきなり辞められて大変なんだから。こっちの迷惑も考えてよね。まったく、この前もねーー』
いつもの長話が始まる。働いていた時は、はい、はい、と付き合っていた。この人は上司だ、だからコミュニケーションを取るのも仕事のうち、そう思っていた。
いつの間にかニヒル短髪が入り口に突っ立っていることに気づく。目元が赤くなっていて、袖がところどころ色濃くなっていた。
段々と目頭があつくなってくる。職場に向かう途中の駅のトイレを思い出す。繰り返し嘔吐し続けた息苦しさも、会社に事情を説明した時の心臓のうるささも、そのあと行った病院の医者の憐れむような目も、何もかもが脳裏に浮かんできて、カッとなった。
「うるせぇよ二度と電話してくんじゃねぇクソデ部長、ハゲ」
唐突に暴言を吐き、携帯を耳から離す。何か言っているようだが無視して切り、着信拒否に設定した。どうして今までしていなかったのか不思議だったが、これを機にできたのでまぁいいか、と息を吐いた。
最初のコメントを投稿しよう!