5.勇者の話

1/2
前へ
/9ページ
次へ

5.勇者の話

 足早に王都を歩き抜ける。  荷々はずっと『誰か』になりたがっていたし、私は『物語の脇役(山菜売り)』でいられる。願ったり叶ったりじゃないか。  ママが亡くなった後、独りきりで暮らしていた日々にやって来た珍客、荷々。  彼女と会って生活は一転、賑やかになった。彼女が横穴に来なければ私はずっと無気力で、あの聖剣を「試しに抜いてみよう」という気すら起こらなかったに違いない。  でも、だから、何だ?  荷々は人の話は(パク)るし、好き嫌いをする癖に私の食べ物は勝手に食べるし、寝相は悪いし、いなくなってせいせいするさ。  それに私には夢がある。いずれ貯蓄が目標額に達したらママの故郷へゆき大海原に出る。  ……その景色に荷々はいない。  私は全速力で来た道を戻り、王宮の門を拳で打ち鳴らし、出て来た兵士に頭を下げた。 「何だお前は!」 「わ、私」  唇が震えて、言葉が上手く出て来ない。 「蚯蚓横穴で聖剣を抜きました。私が本物の勇者なんです」 「お前こそが本物だと言うならば、何故初めからお前が来なかった?」 「それは――」  私は、兵士の鋭い眼光に臆した。 「――長生きしたかったから!」 「はあ?」 「私には叶えたい夢があるの。そのためには平穏に暮らして、働いて、それで……!」  兵士の背後に荷々の姿を見つけた。その手には沈黙した聖剣がある。 「樹耶さん。どうして戻って来たんですか」 「ごめんね。その聖剣は返して貰うよ」 「そ、そんなぁ」  私は乱暴に、彼女の手から聖剣を奪い取った。  ママの言葉には続きがある。  ――長生きする秘訣は、自分がこの世界の主人公ではなく、脇役だと弁えることよ。  でも、守りたい人の前では誰もが主人公になってしまうの。私が貴方と出会ったようにね。  貴方もいつかきっと……。  ママもこうやって巻き込まれて、海賊を辞めて、私を連れて荒野を渡ったのだろうか。今まで気にもしなかったけどママはどんな宝物を盗んだのかな。  聖剣を握ると、柄から切っ先まで黄金に輝き始め「勇者ヨ……待ッテイタ」と喋り、兵士達は尻餅をついた。 「――真の、二代目勇者だ!」  荷々が失望した顔で地面にへたり込む。  彼女が何のつもりだったか知らないけど、少なくとも、自己顕示欲のために聖剣を盗む子じゃない。それくらいは私にも分かる。 「世界を守るなんて、(がら)じゃないんだけどな」 「樹耶さん、私」 「勇者の物語は譲れないけど、代わりに沢山の土産話を持って帰ってあげるから。またね、荷々!」 「待って。樹耶……樹耶さん!」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加