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5.勇者の話
足早に王都を歩き抜ける。
荷々はずっと『誰か』になりたがっていたし、私は『物語の脇役』でいられる。願ったり叶ったりじゃないか。
ママが亡くなった後、独りきりで暮らしていた日々にやって来た珍客、荷々。
彼女と会って生活は一転、賑やかになった。彼女が横穴に来なければ私はずっと無気力で、あの聖剣を「試しに抜いてみよう」という気すら起こらなかったに違いない。
でも、だから、何だ?
荷々は人の話は盗るし、好き嫌いをする癖に私の食べ物は勝手に食べるし、寝相は悪いし、いなくなってせいせいするさ。
それに私には夢がある。いずれ貯蓄が目標額に達したらママの故郷へゆき大海原に出る。
……その景色に荷々はいない。
私は全速力で来た道を戻り、王宮の門を拳で打ち鳴らし、出て来た兵士に頭を下げた。
「何だお前は!」
「わ、私」
唇が震えて、言葉が上手く出て来ない。
「蚯蚓横穴で聖剣を抜きました。私が本物の勇者なんです」
「お前こそが本物だと言うならば、何故初めからお前が来なかった?」
「それは――」
私は、兵士の鋭い眼光に臆した。
「――長生きしたかったから!」
「はあ?」
「私には叶えたい夢があるの。そのためには平穏に暮らして、働いて、それで……!」
兵士の背後に荷々の姿を見つけた。その手には沈黙した聖剣がある。
「樹耶さん。どうして戻って来たんですか」
「ごめんね。その聖剣は返して貰うよ」
「そ、そんなぁ」
私は乱暴に、彼女の手から聖剣を奪い取った。
ママの言葉には続きがある。
――長生きする秘訣は、自分がこの世界の主人公ではなく、脇役だと弁えることよ。
でも、守りたい人の前では誰もが主人公になってしまうの。私が貴方と出会ったようにね。
貴方もいつかきっと……。
ママもこうやって巻き込まれて、海賊を辞めて、私を連れて荒野を渡ったのだろうか。今まで気にもしなかったけどママはどんな宝物を盗んだのかな。
聖剣を握ると、柄から切っ先まで黄金に輝き始め「勇者ヨ……待ッテイタ」と喋り、兵士達は尻餅をついた。
「――真の、二代目勇者だ!」
荷々が失望した顔で地面にへたり込む。
彼女が何のつもりだったか知らないけど、少なくとも、自己顕示欲のために聖剣を盗む子じゃない。それくらいは私にも分かる。
「世界を守るなんて、柄じゃないんだけどな」
「樹耶さん、私」
「勇者の物語は譲れないけど、代わりに沢山の土産話を持って帰ってあげるから。またね、荷々!」
「待って。樹耶……樹耶さん!」
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