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エピローグ.貴方の話
二代目勇者・樹耶が魔王と刺し違えてから丸一年。
戦火は最小限に食い止められ、世界大戦は起こらなかった。聖剣は後世の混乱を防ぐ為に王宮の保管庫に預けられ、今度は空前の勇者ブーム。
英雄の故郷を一目見ようと蚯蚓横穴には連日観光客が押し寄せるが、もう帰らない山菜売りの不在は、賑わう村にぽっかりと穴を増やしたようだった。
荷々の盗癖も樹耶が旅立って以来ずっと不調で、横穴の誰もが心配する。
「店を辞めて、これからどうすんだ。荷々」
「樹耶の生まれ故郷を訪ねることにします。その後は……何も考えていません」
「そうか。俺はここで酒屋を続ける。だから、また色んな話を聞かせに帰って来いよ」
荷々は少し迷ってから無言で頷いた。
その背負った鞄にはごっそり、頂戴した金品が詰まっているが、大繁盛する店の金銭管理は雑だから気付かれていない。
荷々は知っていた。
樹耶の母が盗んだ宝物の真実。
彼女は勇者の子孫を匿って、遠い国へ連れて逃げたのだ。彼女達が旅の果てに、聖剣の隠し場所へと辿り着いたのは逃れられない勇者の運命か。
本当は、樹耶に出自を明かして勇者になって貰うつもりだった。
しかし山菜売りとして平穏に暮らす姿を見たら、それが正しいとは思えなくなり、だから、樹耶から聖剣を盗んだ。
自分は熟練の盗賊。
行き当たりばったり、金も物も経歴も、欲しい物を好きなように盗む。
ついでに王宮にも忍び込んで、懐を肥やしたらそっと行方を眩ませるつもりだった。
――それなのに自ら戦いに赴いてしまうなんて。貴方の夢はどうなるんですか?
経歴を誤魔化す内に他人の話を盗むのがすっかり癖になってしまったが、樹耶が長生きして紡ぐ筈だった物語だけは最後まで自分が引き受ける。
荒野を渡り、貴方の生まれ故郷の土を踏もう。そして念願の大海原に出よう。
しかし海を目指す前に、まずは王都に寄ってもう一度、聖剣を盗まねばなるまい。あれは火種になる。魔力の無い、ただの長寿種の自分が世界のために出来るのはこれくらいだ。
――また来ますよ、山の藤壺。
荷々は夕暮れの蚯蚓横穴を振り返る。
遥か昔、自分を追放して憎かった魔導師の集落は、長い時を経て様変わりし、大切な故郷になった。
一人の盗賊は歩き出す。
籠一杯の荷物と、沢山の人の物語を詰めて。
了
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