【隆之介】親戚のお兄さん スミくんへの初恋

2/3
303人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
そしてある日俺は大学の講義が休講になり、予定よりも早めに自宅へ帰った。 玄関に家族のものではない靴が何足かあるところを見ると来客中らしい。 部屋に荷物を置いて廊下を歩いていたら、見知らぬ青年と出くわした。 「こんにちは」と咄嗟に挨拶すると、青年は息を呑んで立ち止まった。 「あ……こんにちは」 あれ、どこかで会った……? その青年は俺の顎くらいまでの背丈で、肩幅も一回りほど狭く細身だ。 象牙色の肌に血色の良い唇。つんと尖った小ぶりの鼻と、大きくはないがくっきりした二重の黒い目。それに何よりも、彼からは今まで嗅いだことのないような清涼感のある香りがした。 作り物のように整った唇が開いて俺に問いかける。 「もしかして、 隆之介(りゅうのすけ)くん?」 「あ、はい。どこかでお会いしてましたか?」 相手に名前を呼ばれた。やはりどこかで会っているのだ。 「ああ、やっぱり。大きくなったねぇ、一瞬誰だかわからなかった。僕、澄人(すみと)だよ。小島澄人。もう忘れちゃったかな? 昔は親戚の集まりがあってここにもよく来ていたんだけど」 「……もしかして、スミくん……?」 「あ、覚えててくれた? 嬉しい!」 少し青白い顔をしていた彼の頬にパッと赤みが差した。 すると、さっきまでの爽やかな匂いに薄っすらと甘い香りが混じる。 俺はそれを嗅いだだけで訳もなく鼓動が速くなり顔が熱くなった。 「今日は父と兄が隆之介くんのお父さんに用事があってお邪魔してたんだ。君は講義があるって聞いてたから会えないと思ったんだけど……あ……」 嬉しそうに話していた彼が急に口元を手で押さえてしゃがみ込んだ。 「大丈夫?」 「ごめん……。そういえば、今日は君がいないって聞いたから来たのに僕、嬉しくてつい……」 彼は額に汗を浮かべている。かなり具合が悪そうで、肩が震えていた。 もしかしてアルファの俺が近づいたからか? 「横になれる場所に連れてく。触るよ、いい?」 彼は無言で頷いた。それを見て俺はそっと彼の体を抱きかかえた。想像よりも軽々と持ち上がり、それが俺を複雑な気分にさせる。当時の澄人は俺よりもかなり背が高かった。その印象が強いため今の状況に頭が混乱しかけていた。 あの頃自分が会う度に甘えていたお兄さんが今はとても頼りなく見え、無性に庇護欲をかきたてられる。 父がオーディオルームとして使っている部屋のソファに澄人の体を慎重に下ろした。自分が近くにいると良くないと思い、「家の人を呼んでくる」と伝えると手を掴まれた。 「ありがとう。ごめんね、ずっと……君が怒ってるんじゃないかって思ってた」 「え?」 「また遊ぼうねって約束したのに、来られなくなってごめん」 彼とそう言って別れた日のことが頭をよぎる。またすぐに会えると思っていた。しかしその後彼と会えなくなり俺は本当に怒っていたから、なんとなく気まずい。 「もう怒ってないよ。俺も、また会えて嬉しい」 俺が手を握り返すと彼はほっとしたような表情で目を閉じた。 彼の寝顔から俺はすぐに視線を逸らすことが出来なかった。 二ヶ月前に別れた元カノの濃すぎるアイメイクや、いつも濡れたようにギラついていたファンデーション厚塗りの肌とつい比べてしまう。 澄人の顔は何も手を加えていないのに十分美しかった。 その長いまつ毛に、産毛の光る頬に触れてみたい。薄く開いた唇に自分の唇を重ね、彼の細い腕が自分の首に巻き付けられたらどんな感じだろう――。 俺は自分がおかしな行動に出る前に視線を引き剥がして応接間へ向かった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!