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具合の悪くなったオメガなど迷惑でしかないだろうに、隆之介は僕を寝かせるためわざわざソファまで運んでくれた。そんな彼にせめて、あのときのことだけでも謝りたかった。
「ありがとう。ごめんね、ずっと……君が怒ってるんじゃないかって思ってた」
「え?」
「また遊ぼうねって約束したのに、来られなくなってごめん」
昔彼に「また遊ぼう」と言われたときの温かい気持ちを思い出す。彼がそう言ってくれるたびに僕はまたこの家に来ても良いと許された気がして、まだ自分には居場所があるんだと思えた。
すると彼の方も僕の手をぎゅっと握りしめてくれた。
「もう怒ってないよ。俺も、また会えて嬉しい」
――よかった……。
僕はほっとして目を閉じた。
――ああ、本当にいい匂い。やっとわかった……。これは総太郎じゃなくて、隆之介の匂いだったんだな。
隆之介に抱き上げられ、こうしてそばで手を握られてやっと自分の長年の勘違いに気がついた。僕の初恋は、総太郎じゃなかった。
そしてそのままうつらうつらしながら、自分が昔の気分のままで彼にバカなことを言ったなと思った。こんなに大きくなった彼が、いまだにあんな昔のことで怒っているわけもないのに。大体当時だって小学生のことだ、年の離れた親戚のことなんてすぐに忘れてしまっただろう。
ただ僕の中で、最後に兄から受けた伝言が心に引っかかったまま取れなかっただけ。自分の勘違いに恥ずかしくなる。体がだるくて目を開けられないのが救いだ。
心地よい香りに包まれながら知らぬ間に眠り込んでいたようだ。次に目を覚ました時近くに隆之介はおらず、微かな香りだけが残っていた。
帰り際も、アルファの彼は僕に気を遣って姿を見せなかった。もしかしたら隆之介に会ったこと自体白昼夢だったんじゃないかと思ってしまう。だけど、手を握られた感触は現実のものだ。
――今日は久しぶりに山岸家に来ることが出来てよかった。でももう、僕がここへ来ることは二度とないだろう。自分が一番恐れていたことが実際に起きてしまったのだから。
最後にここを訪れた時はまだ隆之介がアルファだとはわかっていなかった。だけど、集まる親戚たちの中には何人かアルファがいた。
数年後に隆之介がアルファだと知ったとき、やはり行くのを避けたのは正解だったと思った。山岸家は僕にとって絶対に安全で安心な空間としていつまでも心の中に残しておきたかったから。
あの家で、アルファのフェロモンに当てられて失態を晒すようなことはしたくなかった。あの場の誰にも――いや、僕を慕ってくれていた隆之介にだけは僕のみっともないところを見られたくなかった。いつもの、遊んでくれて甘えさせてくれるお兄さんという記憶のまま残っていたかったんだ。
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