きみが消える日

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「史くん、おはよう。」 戻ってきた。あの日の朝だ。もう何度目か分からないこの朝が、きっと里香ちゃんとの最後の朝になる。 「切り過ぎちゃってさ。」 前髪を右手で押さえながら、恥ずかしそうにそう話す里香ちゃん。‘今の里香ちゃん’は、やっぱり可愛かった。何度見ても。その外見も、話し方も、笑った顔も、すべてが好きだった。 ―――史くんが、怖いの。 ―――もう、自由になりたい。 でも、今目の前で笑う里香ちゃんもすぐに変わってしまう。 ―――もう嫌なの。史くんと一緒にいるのが。 ―――触らないで! 僕を蔑み、僕を拒絶する。 ―――普通じゃないよ。 もう、そんな里香ちゃんを見たくない。 ―――気持ち悪いよ。 だから消してしまうんだ。 「ねぇ、里香ちゃん。」 歩き出そうとする里香ちゃんを呼び止めた。首を傾げる里香ちゃん。僕は両手に作った拳に力を込めた。 もう、いらない。 僕を好きでいてくれないきみなんて、もういらない。 「里香ちゃん、僕と別れてくれないかな。」 声が、震えていたかもしれない。 「···え?」 驚いたような表情で、里香ちゃんは言葉にならない声を出す。 「別れてほしい。僕達、もう終わりにしよう。」 里香ちゃんと目が合う。驚き、戸惑い、困惑、いろいろな感情が入り混じった表情の中に、確かに見つけた‘安堵’。里香ちゃんは、僕と離れられることに安堵している。握りしめた拳から、力が抜けていく。 「···うん、分かった。」 理由さえ聞かずに、里香ちゃんはそう答える。 「ごめんね、史くん。」 何に対する謝罪なのか分からない。でもこれで、僕を蔑み拒絶した‘あの里香ちゃん’と出会うことはない。 あんな女、いらない。 だから消してやったんだ。  もうここに来ることはない。この電車に乗ることもない。自分のアパートから真っ直ぐ大学に行くのなら、朝1時間は余分に眠れる。定期券の経路も変更しないと。  いつもと違う、3両目の後方扉ではない所から電車に乗る。同じ電車に乗っているはずの里香ちゃんは、今何を思っているだろう。窓の外の景色を眺めながら、僕はそっと目を閉じた。  再び目を開けても、もうあの真っ白な世界は存在しなかった。
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