第十五話 ふたりの神田川(後編)

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第十五話 ふたりの神田川(後編)

「あ~、ロッカールームにて紫龍様、 泣いておられます。どうぞ」 ロッカールームの様子を伺うクラウド付きのSPが、 無線で連絡を取り合っている。 そのやり取りを聞いてクラウドの顔色が変わった。 「紫龍が泣いているだと?」 クラウドはロッカールームに全力疾走した。 「てめえ、何泣いてやがる」 しゃがみ込み、膝に顔を埋めて咽び泣く紫龍に、 クラウドは少し苛っとした口調で言った。 「別にっ」 クラウドから顔を背けて立ち去ろうとした紫龍を クラウドが背後から抱きしめた。 「別にじゃねぇだろ、 身体がすっかり冷えちまってるじゃねえか」 そしてクラウドはそのまま、紫龍を抱き抱えた。 「自分で歩ける、離せ! バカっ」 クラウドの腕の中で紫龍は暴れたが、 クラウドはその手に更に力を込めて紫龍を離そうとはしなかった。 「離すとお前泣くから、離さないことにした」 そしてそのまま大浴場の湯船に、 紫龍を抱きかかえたままで入っていく。 「お前、服着たままじゃねえか」 紫龍が非難の声を上げる。 「かまわん」 クラウドが低い声色でいった。 「つうかさっき俺に男湯入るなって」 クラウドに抵抗を許されない紫龍は、 悔しさに唇を噛んだ。 「貸切にしたから構わん」 クラウドは少し焦れたように言った。 クラウドの濡れた衣服越しにその体温を感じて、 紫龍は軽い眩暈を覚えた。 「ごめん……」 やがてクラウドが蚊の鳴くような声で呟いた。 「俺さ、お前に惚れてんだ。 自分でも時々自制がきかなくなっちまうくらい煮詰まってて……。 自分の感情をお前にぶつけるだけで、 お前の気持ち受け入れてやるだけの余裕がなくって、だから……」 紫龍を抱きしめるクラウドの手が震えていた。 「手震えてるのわかる?  お前抱くのにそれくらい緊張してんの。 それくらいお前のこと好きってわかってる?  っていうか、おい?」   クラウドの首に回されていた紫龍の腕がだらりと落ちた。 唇の色は白く乾き、顔色を失っている。 ひどい耳鳴りの後で、 紫龍の意識は途切れた。 ◇  ◇  ◇ 気が付くと紫龍は薄暗い部屋の ベッドの上に寝かされていた。 ひどく気分が悪い。 「気がついたか?」 目を開けると、 クラウドの心配そうな顔がそこにあった。 「湯あたりだとよ。体調悪かったの、 気づいてやれなくて悪かったな」 『いや……てめぇのせいじゃねえよ』と、 反論したかったが、口の中が乾いて、なんだか引き攣れた。 「あっと、薬湯飲めるか?」 クラウドに手伝ってもらいながら、身体を起こし、 紫龍は薬湯を飲み干した。 そして紫龍はぼんやりとした眼差しで あたりを見回した。 「ここは……?」 「この部屋は健康ランドに併設されている宿泊施設なんだけど、 今日は泊まれるように手配したから、お前、もう少し休んでいろ」 クラウドの言葉に、 紫龍は安心したように小さく頷いた。 瞼を閉じると、クラウドの掌が 何度も紫龍の髪を優しく撫でていった。 なぜだかそれはひどく心地よくて、 ずっとこの身を委ねていたいような気さえする。 刹那、紫龍の身体に異変が起きた。 どくどくと身体全体が脈打ち、 ひどく熱いのだ。 息が上がり、眦に涙が滲む。 「クラウド……はぁっ……なんか、身体が……おかしい」   思わず出してしまった声が妙に艶めかしくて、 紫龍の身体をさらに火照らせた。
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