第二話 花嫁は男!

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第二話 花嫁は男!

「そういうわけだから、いっそ快く死なせてくれ! アルバートン」 生きる屍と化したクラウドは、 またもフラフラとバルコニーへと歩いていった。 「そうおっしゃいますな、クラウド様。 いくら相手が男といっても、お相手のアストレアの王子は 大層美しい方だと聞いております」 執事アルバートンは、なんとか主であるクラウドを宥めようと必死である。 「いくら美しいっていっても、一体それがなんの役に立つっていうんだ。 相手はあくまで男、俺と同じモノがついている生き物とナニをするなんて……するなんて……」  感極まったクラウドの目頭が熱くなった。 「ですから、花嫁は女だと思い込むのです。 目で見るのではなく、心の目を発動させて初夜を乗り切るのです。 なあに、初夜さえ儀式的に終えてしまえば、 また王族専用のハーレムにお通いになればいいではありませんか」   執事アルバートンの提案に、クラウドは生きる希望を取り戻した。 「そうか。今日を乗り切れば後はハーレムに通えばいいのか。 要はこの結婚は政略結婚なわけで、いわば花嫁に機嫌よく人質の役割さえ、 果たさせればいいわけだ。 相手も男だ、俺に抱かれて嬉しいはずがない。 口八丁でなんとか今夜を乗り切れば……ありがとう!  アルバートン。なんか希望が見えてきたよ」   クラウドは瞳を煌めかせた。   やがて城門が開き、 花嫁の来訪を告げるラッパの音が高らかに鳴り響くと、 よく手入れのほどこされた中庭から、 エントランスへと続く小道に純白の絨毯が敷き詰められた。 その上に使用人たちが色とりどりの花弁を撒き散らすと、 馬車から花嫁が降り立った。  勿論ウエディングドレスなどは着ていない。 黒いタキシードに身を包み、少年は顔を上げた。 匂うような黒髪に闇色の双眸が辺りを一瞥すると、 ゆっくりと宙を舞って薔薇の花弁が、純白の上に降り注いだ。 花弁の噎せ返るような芳香が辺りを満たすと、 花嫁は一点を見つめて真っすぐに歩み出した。 その足取りに迷いはない。 凛とした、まるで刺すようなきつい視線をただ一途に花婿に向けている。 (ちょーちょちょっちょっ、話が違うじゃねえか、アルバートン。 なにあれ、確かに顔は綺麗だよ?  百歩譲ってこの国では俺の次くらいに美形だってことは認める。 だけどアレ、めっちゃ男だから。 身長だって俺とあんまり変わんないしっ!  あんなんじゃ心の目とか普通に発動できねえしっ)   クラウドは花嫁を見て、がっくりと肩を落とした。 「アナタ ハ 病メル時モ 健ヤカナル時モ生涯、 ソノ伴侶ヲ 愛ス事ヲ 誓イマスカ?」  あきらかにどっかの英会話教室の講師と 仕事を掛け持ちしていそうな神父が、 チャペルでお決まりの台詞を吐いた。 (誓うわけねーだろ! このボケ! 毛毟るぞ!) クラウドが軽く殺意を込めて神父を睨みつけると、 その視界にちらりと光るものが見えた。 王妃付きのSPが目立たないように拳銃を構えている。 (なにあれ、銃口? 間違いなく銃口だよね) クラウドの顔から血の気が引いていた。 (あんた、ここで式をブチ壊したら、 母さん本気であんたを闇に葬り去るから!  それぐらいのことは普通にやるよ?  母さんだってだてに王妃やってるわけじゃないんだから) 王妃は身体から禍々しいオーラを発しながら、 静かに来賓席で式の進行を見守っている。 (無理! てめえのことはもう母親なんて思っちゃいねえぜ!) クラウドが王妃を振り返ると、王妃の目が据わった。 (殺れ!) 王妃が軽く顎をしゃくると、SPたちが一斉にクラウドに拳銃を向けた。 (あー、なんだか、拳銃持った強面のお兄さんたちが とっても殺気のこもった瞳で僕のことを見つめているよ? お母様) クラウドは涙目になった。 (お母さん、あんたのこと信じているから。  やればできる子だってちゃんと知っているから) 国王の横で、王妃がクラウドを見つめて微笑むと、クラウドは生唾を呑みこんだ。 「ち…ち…ちちち誓います!」  クラウド・リーニィー・グランバニアは、ここに人生というものを大きく踏み外してしまったのだった。
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