第七話 ああ、新婚の夜は更けゆく

1/1
前へ
/31ページ
次へ

第七話 ああ、新婚の夜は更けゆく

「なんだ、この夥しい芍薬の花は」  王妃の謁見から戻った紫龍は、 部屋中に芍薬の花がみっちりと運び込まれている様を見て、 呆気にとられた。 「クラウド様からの贈り物でございます」 侍女たちがにこやかに微笑むと、 紫龍は苛っとした表情で言い放った。 「全部まとめてつっかえせ、迷惑だ。 だいたい芍薬は薬の原料になったり、 民にとっても貴重な品物だ。 王族の勝手でこんなにも買い占めたら 皆が困るではないか!」 紫龍の一蹴により、 クラウドのもとに夥しい芍薬の花々がつっかえされた。 「ちぇっ、なんでぃ。 芍薬が好きだって聞いたから贈ったのによ」 クラウドは不貞腐れながらも、 紫龍のもとに渡った。 それでも紫龍の部屋のテーブルには、 青磁の壺に、紅白の芍薬が見事に生けられてあった。 その見事に咲いた芍薬を肴に、 部屋の主が酒を一献煽っていた。 風呂上りに纏った白絣の浴衣が、 酒気を帯びて、ほんのりと上気した紫龍の肌を 一層艶めかしく見せている。 「おいっ」   部屋に通されたクラウドが、 不機嫌に紫龍を一瞥した。 「なに?」  紫龍はクラウドの不機嫌の意味が分からず、当惑する。 「なに、じゃねえ!  なんだ、そのエロコスチュームはと聞いている」 紫龍は口に含んだ日本酒を一瞬噴き出しそうになった。 「エロ……って、何言ってんの?  お前頭湧いてんのか?  これはアストレアの民族衣装で……」 「自覚しろ、ばかっ! 見えるんだよ。 項とか、二の腕とかが、ちらっ、ちらっとぉ」 クラウドが泣き出さんばかりの勢いで、 顔を真っ赤にして食って掛かった。 「お前はただでさえ、エロいんだ、 痴女、いや痴男……、なんだから、 そこんとこちゃんと自覚して……」 クラウドの感極まった声が掠れて震えていた。 「俺以外の奴の前では、 そういうの、絶対に見せるな!」 クラウドの言っていることはめちゃくちゃで 、紫龍にはさっぱり意味がわからなかったが、 それでもクラウドの必死さだけは伝わった。 「この井出たちが気に入らないのなら、 すぐに着替えてくるが?」 そう提案した紫龍に、 「今は……いいよ。俺と二人きりだし……」 クラウドは口ごもった。 しかしそんなクラウドに、 紫龍はなんとなく微笑を誘われた。 なにせクラウドの顔を見るのは一週間ぶりなのだ。 あのときは、不可解なことをされて腹も立ったが、 それでもクラウドの顔を見るのは嬉しかった。 (あっ、なんか笑ってる?  基本こいつはあんまり表情ないけど、 それでも笑ってくれるとすげぇ嬉しい、かも) クラウドは紫龍の微笑に、思わず赤面した。 「一応……礼をいっておく。 花をたくさん贈ってくれて、ありがとな。 なんか色々悩んでて、すごく慰められたから」 そう言った紫龍のまわりには穏やかで、 優しい空気が流れていた。 クラウドの胸がトクントクンと高鳴ってゆく。 「あのっ! じゃあ、もっと運ばせようか?  俺の庭には、まだいっぱい色んな花が咲いているし、 お前に突っ返された芍薬の花も大量に……」  上滑りのクラウドに、紫龍は小さく首を横に振った。 「花はもういい。 それよりもお前が直接俺に会いに来い。 そのほうが嬉しい」 紫龍の言葉にクラウドは絶句した。 (前略おふくろ様、俺を産んでくれてありがとう。 しかし俺はあなたに何一つ孝行をせぬまま、 この場で萌え死んでしまうかもしれません) 極度の酸欠に陥り、クラウドの脳裏を一瞬今までの人生が、 走馬灯のように駆け抜けた。 「政略結婚で、かつ同性ではあるが、 それでもやっぱり夫婦だ。お前の顔を見ないと俺も寂しい」 そういった紫龍の言葉尻を捕えて、 クラウドがまくし立てる。 「夫婦つったな、お前今夫婦つったよな。 じゃあキスしてもいいわけ? その先は?」 今にも掴み掛らん勢いのままに、 クラウドが紫龍ににじり寄ると、紫龍は軽く引いた。 「待て、早まるな。それはまた、おいおい……」 「おいおい、だぁ? ちくしょう、 俺の東京スカイツリーのごとくにそそり立っちまった、 この下半身をどうしてくれるんだぁぁぁ!」 クラウドの絶叫とともに、 新婚の夜は更けゆくのであった。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

114人が本棚に入れています
本棚に追加