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ダイニングで焼きたてのパンを
カイの腕の中はとても心地よかった。うしろから抱きつかれていたはずだが、いつの間にか柚が抱き枕のような体勢になっている。
「いつまでもこうしてたいなー。明日も休みだし、今日も泊まって行かない?」
「無理だよ。実家に帰って友達と会う約束してるの」腕の中からカイを見あげる。
「実家どこ?」
「埼玉の北の方」
「ふぅん。あーぁ。大晦日は仕事だし柚さんと次会えるのいつかなー」
「仕事?」
「歌の方の」
「あっ。前から思っていたけど何で歌手なのに、会社員やってるの?」
「施設を出て父さんに引き取られたんだけど、引き取られた家にピアノがあって。母さんピアニストだったんだ。父親とは色々あって離婚したようだったけど、母さんを本当に愛していたとか言って。母さんのと同じピアノを自宅に置いてた」
「ピアニスト!?」どおりで溢れる才能があるわけだ、、、。
「母さんが亡くなってからはピアノも音楽も遠ざけていたけど、耳が元に戻って、僕がピアノを弾いたら父親がとても喜んで。何年も会っていなかったのに親子に戻る事ができたんだ」
カイが少し腕の力を込めた。
「大学時代に、ちょっと頼まれて弾いたらそのままバンドに入ることになって。望んでないのに、ボーカルだし。しかも知らない内にメジャーデビュー」
「すっ、すごいね、、、人の何倍も充実した人生って感じするね」
「僕は柚さんと再会したかったし、早く自立もしたかったから就活もして、今の会社に入ったの。で、僕は会社員が優先。バンドはその次って約束でやってるんだ。知ってた?うちの会社副業okなの」
「しっ、知らなかった、、、」
「ちゃんと、人事部に申請してるんだよ?」
カイは得意げに笑顔を見せる。
「なんて?」
「ア、イ、ド、ルって!」
「アイドル、、、ではない気がするけど?」
「うそうそ、芸能にしておいた。勝手にYouTuberとかって思ってくれるでしょ。たぶん」
「そうなんだ。うちの部署は誰も知らない、よね?」
「柚さん以外ね。」カイがまた柚をぎゅーっと抱きしめた。
「お腹すいたね。起きよう、、、」
カイは柚を誘ってようやく起きた。
「シャワー使って良いよ。朝食準備しておく」
「あっ、ありがとう」
彼氏でもない人の部屋で添い寝をし、(厳密には一人で爆睡して)シャワーを借りる、、、すごく落ち着かない感じがしたが、昨夜は化粧もそのまま寝てしまったのでありがたくお借りすることにした。
パウダールームには、丁寧に畳まれたバスタオルが何枚もあり、奥のドアを開けると、黒色のバスルームが現れた。広々とした浴槽、洗い場があり、さらにはシャワーブースが別に設けられていた。
ガラスで囲まれたシャワーブースは、ホテルにしかないような大きなシャワーベッド。ミストサウナに、シャンプーディスペンサーも備わっていた。もくもくと立ち込める湯気に誘われて、柚は体を温めた。
「柚さん、ピッタリ!」
リビングに降りていくと、カイがコーヒーを淹れていた。
「えっ?これカイ君が?」
「そうだけど?」
テーブルには、オムレツ、フルーツサラダ、ミネストローネ、クロワッサンが並んでいた。
「パンだけは今届けてもらったんだ!」
「えぇ??」
「マンションの下にベーカリーとカフェがあってそこから」
「すっ、すごいね、、、、。何このセレブ感」
「はいはい、食べよー」
いただきます、そう言って二人はまた一緒に朝食をとった。
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