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休憩室でウィンクを
あれから数日。水瀬カイは、会社に来ていない。あの明け方の時間が嘘だったように日常は流れている。遅めのお昼を休憩室で食べながら柚は考える。
「やっぱり、からかわれたのかな・・・」
そこに、同期の圭がやってきた。
「お疲れー。最近忙しくてなかなかお昼一緒にならなかったねー」
「あぁ、うん、そうだね。圭もお弁当?」
「うん、でも昨日の残り物だけど」
圭は、柚の同期で他部署で働いている。出身も大学も違うが就職活動で出会い、二人はすぐにうちとけた。同じ会社への入社がわかると、その仲はさらに深まりお互いに気の置けない存在となった。
圭が弁当をレンジで温めながら備え付けの小さなテレビを付けた。平日の午後のワイドショーは、オフィスの殺伐とした忙しさとは無縁の様に人気の商業施設からの中継を映し出していた。
[・・・今話題の板倉モールに来ていますー、こちらではオープンイベントが開催されていてー・・・]
「へぇー、あんなところに、こんなスポットできたんだー」
温め直した弁当を手に圭が柚の向かいに座る
「平日昼間からこんなところに出かけられる人羨ましいぃ」
柚も、見るとでもなく画面を向いた
――今日はなんとー、特設ステージにてあの人気ロックバンドKAIのライブがあるということで会場、熱狂的なファンで賑わっています――
レポーターの女性がステージを背に会場の盛り上がりを伝えると、ステージで激しいパフォーマンスを繰り広げるKAIの姿が映し出された。
「あっ!!!!」
思わず声が漏れる
「うん?どうしたー?柚、KAIファンだったっけー?今すごい人気だよねーっ」
「あっ別にそんなんじゃないんだけど、、、。あのさ、KAIのボーカルのKAIくんてさ、誰かに似てない?例えば会社で似てる人いない!?」
「はぁー?何言い出すかと思えば、、、KAIみたいに超絶イケメンいたら速攻気づくでしょ。実際いたらいつ会うかもわからない休憩室で昨夜のカレーとか食べれないよ。アサイーヨーグルトとか、食べてケールサラダでしょうね。あはは」
「アサイー?」
「そこじゃなくてさ。こんなイケメン近くにいたら、落ち着かないし、見栄張ってオシャレな物しか口にできないって例えだってば」
圭は、カラカラと笑った。圭が言うように、柚自身も画面に映るKAIを見て、これがあの水瀬カイとはどうしても思えなかった。そうだよね、私も気付かないのだから、誰も気付くはずがない、、、柚は一人妙に納得している自分もいる。
[それでは、早速ですねライブを終えたた皆さんにお話し伺ってみましょうー。お疲れ様ですー、ライブとっても素敵でした!今回、KAIにとっては初となるラブソングですが、こちら作曲されるにあたり、メンバーの皆さん何か心境の変化などがおありでしたか??]
レポーターの質問を受け、KAIがマイクを持つ。
「ありがとうございます。えー、今回のラブソングですが、実際自分が経験した気持ちを元に作りました。大切な人に本当の自分を見せる怖さや、切なさ、会いたい気持ちを表せたらと思っています。」
[なるほどー、もしかして気になる方がいらっしゃるのですか??]
食い気味のレポーターに、KAIは微笑み
「内緒です」
と画面に向かい片目を瞑って見せた。
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