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居酒屋でトキメキを
ニ週間前に行ったプレゼン結果が来たのは、金曜の夕方だった。
「中條良くやったな!東洋社のキッズイベントうちの企画が通ったぞ!!」
課長がみんなに向けて報告をすると、フロアは、ワッと、活気づいた。
「わー、やりましたね!!あそこはずっと、松園堂がやってきてたとこですよねぇ」
「あの企画かなり拘りましたからね!」
「あっ、ありがとう。みんなのおかげ!みんなで粘ってあちこち交渉したからあの企画出せたんだよ!」
遅れながら柚も喜びが込み上げてきた。そして、あのライブのあと平然と出社し勤務している水瀬カイに目をやった。二人はあの朝食以来、挨拶を交わす程度で殆ど話せていない。カイは、柚の視線に気付くとメガネ越しに無邪気に笑った。
「じゃー、今日はパァっと祝賀会と行こうか!!なっ、なっ!!」
「課長飲みたいだけですよねー」
「何でも良いじゃないか!喜ばしいんだし、これからイベント準備で更に忙しくなるんだから!!」
「まぁ、そうですねぇ。久しぶりに行きましょうか。」
課長の祝賀会の提案に一同、面倒くさそうにはしているが実は皆、満更でもない。それはこの案件が、長年他社負けていた経緯があり、今年こそはとチームを総動員して掛けてきたからだ。何日も残業し、会議を行い、下準備をして臨んだ。
年に一度、東洋社主催で行われるキッズイベントは、子供向けの通信教育最大手が手がける大きなイベントとして有名だった。
毎年趣向を凝らした演出で度々メディアにも取り上げられており、子供の未来を築くプロジェクトの一環として行うことで同社のCSRの役割も担っている。それだけに、この勝利はチームにとっていつも以上に価値のあるものだった。
終業後、近くの居酒屋で祝賀会という名の飲み会が開かれた。
「飲んでますか??」
久しぶりにカイが柚に話しかけて来た。
「あっ、なんか久しぶりだね。話すの」
「そうですね。まともに話すのは、プレゼンの日以来ですかね」
「そうだ。改めてありがとう。あの企画書、カイくんの助けが無かったら絶対に出せなかったから。本当にありがとう。みんなに話していいのか迷って結局何事も無いような感じになってしまってるけど・・・」
「そんなの気にしないで。大したことじゃないし、秘密にしてくれてた方が助かるし」
「そう。あっ、この間見たよ、板倉モールのライブ。まだ信じられないけど・・・」
今までカイとどんな風に、どんな会話をしていたかわからなくなるくらい柚は動揺していた。それは、今までただの地味メガネ男子、ただの後輩としか思っていなかったのに、あの残業の夜から、あのテラスの朝食から確実に彼を意識をしているからだった。
もう一つ。カイは、あの夜から柚と2人の時だけ[タメ語]になるのだ。
「その話、秘密って言ったよね?くれぐれもよろしく!」
カイは、軽く笑うと手に持ったビールを飲み干した。
「ねぇ、今から抜けない?祝賀会、二人でしようよ」
カイが耳打ちした。
「そんなわけにいかないでしょう。みんな盛り上がってるし」
柚は、一瞬の動揺を悟られまいと間髪入れずに笑って見せた。カイは、柚の答えを分かっていたように
「そっか!じゃあ、今日は楽しんで。また今度!」
とこれまた軽やかに言って席を立った。
「すみませーん。僕、今日実家の母親来てるんでお先に失礼します!」
歯切れ良く実に爽やかに一同に挨拶をして水瀬カイは祝賀会を抜け出した。あまりにあっけない切り返しに柚は自分でも分かるほどに水瀬カイの事が気になって仕方がなかった。
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