食堂でラブソングを

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食堂でラブソングを

 飲み会明けの週末ほど、昨日の自分を恨めしく思う日はない。ゆっくり寝ていたいが、今日はボランティア施設で少し早いクリスマス会があるのだった。重い体を引きずり起き上がると、お湯を沸かした。 (はぁー。飲みすぎた。カイ君帰ってから記憶がない・・・。二十代後半で記憶無くすほど飲むって。)  完全に自己嫌悪である。自分の気持ちを誤魔化す様に飲んだのだ。  柚が通うボランティア先の児童養護施設は、彼女の最寄駅から電車で一時間程度の場所だった。 郊外の小さな駅を出て、緩やかな坂道を登ると白い屋根が見えて来る。園庭で遊ぶ子供達の声が聞こえて来ると自然と早足になるのだった。 「こんにちはー!」  いつもの様に門扉を開け敷地に入ると、わらわらと子供達が迎えてくれる。 「久しぶり!元気だったー?」 「お姉ちゃん久しぶり!今日クリスマス会だよ!」 「出し物考えてきたー!??」 「うんうん!楽しみにしててね!」  次々と飛んでくる元気な声にこちらもつられて元気になる。 「今日ねー、お兄ちゃんも来てるよー!」 「えー?お兄ちゃん?だぁれー?」  手を引かれて食堂に入るとそこには、彼女が今気になって仕方のない彼がいたのだった。 「柚さん遅いー!」 本当に、旧知の仲の様に屈託なく笑いかける海。 「カイくん・・・」 「昨日飲みすぎたんでしょう?だから一緒に抜けたら良かったのに。昨日僕はここ泊まったんだ。実家みたいなもんだからね!柚さんも来たら良かったんだよ!」 「えっ!?」 「あら、柚ちゃんおはよう!今日はよろしくね!」  はつらつとした声で食堂にやってきたのは、ここの園長である。ふくよかで、朗らかな彼女は子供達から本当の母親の様に慕われている。柚がこの施設にボランティアに通う様になったのも、彼女の人柄に惹かれ何かの役に立てればと思ったからだった。 「はい、よろしくお願いします!」柚も笑顔で振り向いた。  クリスマス会は、子供達の歌に劇、みんなで朝から用意した手作りのケーキや焼きそばが振る舞われ、和やかに行われた。この児童養護施設は、様々な事情を抱えた新生児から十八までの子供達が一緒に暮らしている。中には他人に心を閉ざす子供や、思春期で難しい子供もいたが、園長はいつも唯に[普通の大人が普通に接してあげることが何より大事なのだ]と言った。だから、柚も気負わずに、一人の子供に関わる大人として子供達に接していた。  クリスマス会が終盤にかかった頃、園長がマイクを持って立ち上がった。 「はいはーい。クリスマス会楽しかったねぇー。今日は、ここの卒園生であるカイ君からみんなに歌のプレゼントがあるそうですよー」  わーっと、子供達の歓声があがると、照れ臭そうにカイがピアノの前に座った。 「みんなに、それから一番大切なあの人に幸せな夜が来ます様に歌います」  そう言ってピアノに指を乗せた。曲は、ロックバンドKAIの代表曲でもあり、デビュー曲 [君とだけのクリスマス]。勿論聞いたことのある曲だ。だが今日のそれは、今までテレビやcmで耳にするものとは全く違っていた。 ー孤独な僕に、ある冬現れた一人の少女。少女は、サンタではない、でも僕にとってはサンタにも勝るヒーロー。君がいたから生きる意味を思い出せた。君は、神様が僕にくれたギフト。 君だけにこの聖なる夜をー  その様な歌詞が、ここの卒園生という海の生い立ちに重なり、彼の優しく心地よい歌声、滑る様な指先に唯心を打たれた。 「もぅーカイ君!!本当に素敵になって・・・」  柚が涙を流すより先に、わんわんと泣き出したのは園長だ。誰にでも分け隔てなく底抜けの愛情を注いできた彼女が、カイの成長を誰より喜んでいるに違いなかった。  園長の大泣きをきっかけにカイは、バラードから子供が歌いやすい定番のクリスマスソングを演奏した。子供達が盛り上がり、園長が笑い泣きし、温かな空気に包まれてクリスマス会は終了した。  食堂の後片付けをしていると、カイが柚に話しかけてきた。 「体育館で待ってるね」
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