105人が本棚に入れています
本棚に追加
体育館で待ち合わせを
施設の敷地に〈体育館〉と呼ばれている建物があった。実際には、体育館というほどではないが、子供達が運動するには充分な屋内の多目的ホールである。
ズズズッ。重い横扉を開けると中には、海が待っていた。
彼は、柚に気付くと手招きした。
「おつかれさま!」
「おつかれ」
おずおずと、近寄る柚。
「この間からずっと距離取られてる気がする」
「えっ?」
「なんで?そんなに何か変わったかな?」
「かっ、変わったでしょう。この数週間でカイくんの知らないことばかり知って、どれが本当のカイくんか正直戸惑ってる」
柚と、カイの距離は一メートルほど。柚は、この一メートル、まだ近づけずにいた。
「ここ。僕が柚さんに初めて会った場所だよ」
「えっ?」
「覚えてないかー。やっぱり。入社した時も、ここで時々会話を交わしても、全然気づいてなかったもんね。ショックー」
「、、、、、」
柚は、フル回転で過去の記憶を探った。しかし、彼女の記憶に〈カイも、ましてやバンドマンKAI〉も見当たらず、今年の春からカイと過ごしたオフィスでのたわいもない思い出しか浮かばなかった。
「僕がここにいたのは、十四歳から十六歳まで。その時柚さんは、十九か、ハタチか。そのくらい?」
「十九の頃初めてここのバザーの手伝いをしたけど、、、」
「そうだね。たぶんちょうどその頃。僕はたった一人でここに来たんだ」
「さっき、ここの卒業生だって言われていたね。その話、私にしていいの?そんな、、、大事な話」
「柚さんに聞いてほしい。それでできたら、、、思い出して欲しい」
カイは、少し悲しげな、不安げな表情を浮かべた。
「十四歳の冬、ちょうど今頃だったかな。突然だったんだ。母さんが事故で亡くなった」
「えっ?」
「車の、事故だった。仕事で営業先からの帰り、歩いている母さんに、居眠り運転の乗用車が突っ込んできたんだ」
この施設にいたという事は、様々な事情があることは覚悟していたが、普段のカイからは想像し難い辛い過去に柚は言葉が出なかった。
「その日の朝喧嘩したんだ。本当に些細な事で。それで、いつも通り部活から帰ったら、病院から電話が来て。急いだけど、、、間に合わなくて喧嘩したまま僕はこの世にたった一人になってしまった。父さんは、小さい頃離婚してどこにいるかも知らなかったし、ずっと二人だけの家族だったから」
「そんな、、、。なんて言ったらいいか」
「ごめんね、こんな話。もう少し続けていい?僕たちが出会うとこまで」
「う、うん」
「母さんの葬儀が終わって、本当に一人になっちゃったんだ。なんで、あの時謝れなかったのかなって、、、後悔して。細い煙が空に昇っていくのを見ていたら、パッと、電気を消すみたいに、聞こえなくなっちゃったんだんだよね。耳」
「あっ」
柚には、記憶があった。ある日ここにボランティアに来た時、新しく入所してきた少年のことを。彼は、髪も伸びっぱなしで、目が虚ろで、どの輪にも入らずこのホールの隅っこにずっと座っていた。
誰が話しかけても、手を引いても頑なに表情を変えないので、次第にみんなから孤立してしまっていた。
「思い出してくれた?そう、あの子汚い子」
「あの男の子が、カイくん、、、」
最初のコメントを投稿しよう!