地下のビストロでチーズを

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地下のビストロでチーズを

 春休みに向けたイベント準備は年末にひと段落着くはずだった。  十二月二十九日は仕事納めで、忘年会。ゆっくり実家に帰って地元の友人と会う約束をしていた。そんな日の夕刻、イベントで特別出演をしてくれる予定だった女性アイドルグループから急遽出演を辞退したいとの連絡が入った。  理由を聞いても〈今は話せない〉の一点張り。 アイドルグループと、環境スタンプラリーをコラボする予定で、グッズのデザインも既に進んでいた。今、この時点で〈キャンセル〉されたら非常にまずいのだ。 「とりあえず、私事務所に行ってきます!何とか交渉しないと、、、。えーっと、ゲスト担当は、カイくんだったよね。一緒に来てもらえる?」 「はい!」 二人でタクシーに乗り込むと、事務所のある代々木まで急いだ。 「ですからー、、、今まだちょっと話せないんですよ」 「話せない、じゃ困るんです。こちらも理由がわからないと、対処の仕様がありません」  アイドルの所属事務所の応接室で、答えの無い押し問答が繰り返し行われていた。すると同席していたカイが、すみません、ちょっと緊急で電話してきます、と席を外した。ものの数分で席に戻ると 「柚さん。わかりましたよ!」カイは軽やかに言った。 「えぇ?」柚、担当者共に声が出てしまった。 「すみません。知り合いに少し調べてもらいました。グループのセンター、れなちゃん、熱愛報道出るみたいですね?」 「、、、、」黙り込む担当者。 「えぇっ!!!カイ君どうして!!」 「僕、出版社も芸能関係も知り合い多いんで。ちょっと聞いてみたら明日の週刊誌に載るみたいでした」 (知り合いっていうか、超ど真ん中では?)と柚は一人心で呟いた。 「ここここ、このことはどど、どうかー、、、」 しきりに汗を拭う担当者。 「記事の件も今交渉中で、まだ出るどうかはわかりません。でももし、明るみにでたらイベントは混乱するでしょうし、、、、ご迷惑かけないうちにと思ったわけです」 「確かに、アイドルの熱愛ですからしばらくは騒がれるでしょうけど、イベントは三月ですよ?その頃には、落ち着いてるんじゃないですか?」 「それが、そのー、、、、」 「しかも、ニンシンらしいです」カイがさらに爆弾を投下。 「、、、、、そ、そういうわけで本人は産みたい、相手は煮え切らない。私たちももう一週間も寝ずに駆けずり回ってるんですよ、、、」  担当者はもう涙目だ。 「産むのであれば三月にダンスを含んだパフォーマンスは難しいんです、、、」 「そっ、そうですか。それはー、確かに、、、」  柚も、気の毒になってきた。本来ならおめでたいことなのに〈れなちゃん〉は今どんな気持ちだろうか。 「本当にご迷惑をおかけし、申し訳ありません。違約金は追って話し合いさせていただくとして、、、。重ね重ね図々しいですが、うちから代わりのタレントを起用いただけませんか?」 「ちょっと考えさせていただきます、、、」  ひとまず、ブッキングしていたアイドルグループの起用は難しそうである、、、。 年末年始は、ゆっくりどころか再度キャスティングの会社と徹夜になりかねない、、、所属事務所を出るとチラチラと細かい雪が降っていた。 「柚さん。残念だったね。せっかくイメージと合うキャラクターだったのに」 「どうしよう、、、。東洋社の担当者も気に入っていたのに。はぁ、もうこんな時間か」 会社に報告の連絡を入れると、そのまま帰宅して良いという指示だったので二人は近くのワインバーに入ることにした。 「まぁ、何とかなりますよ!」カイはいつも通りけろっとしている。 「何とかってー。今日で東洋社も仕事納めだし、年明けが気が重いー。でも、カイ君が聞き出してくれなかったらまだ私たちあそこで、押し問答していたかも、、、。それはありがとう」 「フフッ。そうだね。あの担当者可哀想なくらい追い詰められてたねぇ」 「うーん、でもやっぱり、他に思いつかないしなぁー」  柚は、料理もワインも全然楽しめなかった。 「何とかなるよ!どうしてもダメだったら、出てあげる。SEKAIみんなで!盛り上げるよー!」 カイは、イタズラに笑った。 (確かにさ、予算度外視して、SEKAI出てくれたら盛り上げるだろうけど。ロックバンドなんだから、ファミリー、キッズって感じじゃないじゃないし)  柚の悩ましい夜はまだ続きそうだ。
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