オフィスに差し入れを

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オフィスに差し入れを

彼女の名前は(ゆう)27歳。 どこにでもいる普通の会社員。 イベント企画の会社で働いている。趣味は、カフェ巡りとたまにいく旅行。 決まった予定といえば週末、大学時代から通っている児童養護施設にボランティアに行くこと。そんな平凡だけど穏やかな生活を送る彼女に突然、今までの人生が一転するハプニングが起きたのはつい二、三日前のことだ。  先週、みんなで立ち上げた企画書の仕上げを、最後に一人残り作業をしていた時、突然、原因不明の停電がオフィスに起きた。あと一息で完成だった企画書のデータが一瞬にして消え飛んだ。彼女は頭が真っ白になった。 「もう、私一人じゃ作り直すことなんて不可能、、、」  様々なトラブルに見舞われながらあちこちと折衝してようやく企画にこぎつけた日々が込み上げてくる。  思ってもいないのにポロポロと、彼女の頬を後から後から涙が流れるのだった。そんな時に、現れたのが彼。残業中の柚の為に夜食を差し入れに来たカイ。 「これを、明日までかー。間に合わないな、、、」  画面を覗き込むカイ。 泣いている自分にハッとして、柚は強がった。 「そ、そうだよね。今からみんなに謝りの電話して、課長にも部長にもお詫びしてくる。泣いたりしてびっくりしたでしょ。へへっ、恥ずかしいところ見せちゃった」 「何言ってるの?間に合わないな、って意味だよ」 と、いつもはメガネ地味男子のカイは、メガネを外しオフィスでは見たことのない屈託のない笑顔を見せた。  柚はその顔に見覚えがあった。そう、それは、いつも行くボランティア施設で誰よりも懸命に働くカイくんだった。でも、だとすると、柚が密かに好印象を抱いていたカイくんは、このオフィスで毎日会っていたカイということになるが、、、。  唖然とする柚の前で、カイは予備電源からパソコンを復旧させると、見たこともない早さで何かを打ち込む。真っ黒なプログラム画面で何やら作業を進めている。その横顔を見て、柚には不思議とパソコンが楽器の様に見えたのだった。  ものの数分だったのか、小一時間だっただろうか、彼の指先に見惚れてしまった。 「できたっと♪えっ、何、なんで!?まだ泣いてる?」  背面からの光が差し込み、斜めにした彼の顔は、そそっかしい後輩のカイでもなく、地味で根暗な彼でもなく、イタズラが好きな少年のようなあどけなさだった。 「君のためならなんだってするよ」  カイは、柚に向かって微笑む。 「ちょっ、ちょっと待ってね。私、全然追いつけない。えっと、あの、水瀬カイくんと、あの、、、カイくんて、、、同じ人なの、、、?」  寝不足のせいなのか、データ損出からのリカバリーに高揚したせいか、それとも目の前の天才のせいなのか。柚はとにかく困惑していた。 「驚かせちゃったかな?ごめんごめん」  カイはあどけなく笑った。 「とりあえず、朝ごはんでもどうかな?データ、先方に送ったし。ね、付き合ってよ!」  カイは、さっさと帰り支度をしてまるでそれが当然のスケジュールだった様に柚をカフェへと誘うのだった。
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