泥棒は、ドキドキ。

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昼間から振り続いていた雨も、マリコが駅に着いたら、既に上がっていた。 「ラッキーだよね。傘買わなくて良かった。」 街頭の灯りが、アスファルトに出来た水たまりに揺れる。 まだ新しい靴が濡れないように、ヒールだけで、水たまりを歩いてる姿に気が付いたら、ペンギンみたいで自分の事だけれど、可笑しくなってプッと吹き出してしまった。 そして、ため息をひとつ。 「こんな小さなラッキーはやってくるのに、どうして、あたしの人生は、こうもうまくいかないんだろう。」 そのため息は、自分でも思ったよりも暗く深いことに、びっくりした。 エレベーターのないアパートの2階の家のドアを開けると、どうも変だなと思った。 とはいうものの、何が変なのか解らない。 でも、玄関から見えるキッチンに目をやった時に、思わず叫んでしまう。 「あーーーっ。」 見知らぬ男が立っていたのだ。 男も、ビックリしたようだが、ただピクリともしないで、マリコを見ている。 「あなた、誰なの?」 「、、、、。」男は、黙っている。 「人の家に勝手に入り込んで、何やってるの。」 「、、、、。」 「まさか、泥棒に入ったの?」 そう聞くと、ようやく男は、口を開いた。 「はあ。まあ、そんなところです。」 「ふうん。」 マリコは、スーパーで買ってきた弁当をテーブルの上に置いて、椅子に座った。 「あなたも、座ったら?」 「座っても良いんですか。」 男は、泥棒だと分っても怖がりもしないマリコが、自分の事をどうしようと思っているのか、マリコの様子が気になってしょうがない。 「だって、立ってられても邪魔だし。」 「それで、何を盗んだの。」 「いえ、まだ、入ったばかりなんで、何も盗ってないです。」 「ふうん。」 「じゃ、これから何を盗るつもりなの。」 「いや、まだ何も考えてないです。」 「よく、それであたしの家に侵入したわよね。」 「でも、普通は、入ってから家の中を物色して盗むんです。今日はまだ、ほんと、さっき入ったばっかりで、なので。」 「じゃ、どうぞ。物色してみて。」 「いやあ。そんな。物色してみてとか言われてするのも可笑しいですよね。見られてたら出来ません。っていうか、わたし泥棒なんですけど、あのう、警察とかに連絡とかしないんですか。」 「そうよね。警察に電話した方がいいかしら。」 「いや、出来るならしないで欲しいんですが、どうですか。」 「どうですかって言われてもさ。泥棒に入られたの初めてだし。」 「わたしも見つかったの初めてで、どうしたら良いものかと。」 「あれ?ひょっとして、あたしの下着を盗みに入ったとか。あ、そうだ。昨日買ったピンクのパンティあるのよ。あなた、それ持って帰る?」 「いえ、それは結構です。一応、これは一般常識なのでお伝えしますが、下着泥棒は、さらっぴんの下着は盗みません。ちょっと使ったものしか盗まないんです。それに、下着泥棒なら、ベランダのパンティを盗みますよ。わざわざ危険を冒して家の中にまでは入りません。」 「きゃー、泥棒さんって、エッチなんだから。穿き古したパンティが好きなのね。いいわ。特別に、あたしの穿き古したパンティをあげてもいいわよ。」 「いえ、だから、わたしは、下着泥棒じゃありません。」 「じゃ、何泥棒なのよ。」 「そうですね、やっぱりお金でしょうか。」 「お金って、あたしのアパート見て、お金あると思ったの?それ泥棒として才能無いよ。あなたさ。」 「ええ、大金は持ってないだろうなとは、そりゃ、私だって解りますよ。でも、夜遅くまでベランダに洗濯ものを干しているでしょ。家にいない時間が多いんだろうなと思いまして。やっぱり、泥棒は、、、あ、自分の事、泥棒って言ってしまいましたが、私らみたいな職業の者は、やっぱり、安全第一なんですよ。」 「大金持ってないって、失礼ね。まあ、当たってるけど。そうだ、ビールでも飲む?ちょうど、スーパーで買ってきた弁当もあるしさ。一緒に、飲もうよ。」 「はあ。でも、私、自分で言うのも変な話ですが、泥棒なんですよ。そんなものとビール飲んでも良いんですか。」 「だって、お腹空いちゃったし。あなたの話でも聞かせてよ。泥棒の話。」 マリコは、男が自分に危害を加えようとしている訳でもないので、また、男は、マリコが自分を警察に通報する様子がないので、お互いに、ちょっと安心したと言うか、落ち着いてしまったというか、スーパーの弁当でビールをやりだした。 「ねえ、泥棒さん。あなた、家は、どこなの?、、、、、それで、いくらぐらい稼いでるの?、、、、、貯金は?、、、、彼女いるの?、、、、いままで、盗んだ中で、1番高価なものは何だった?」 「ちょ、ちょっと待ってください。そんな矢継ぎ早に聞かれても、答えられませんよ。」 「だって、始めての泥棒さんなんだもん。」 「はあ。」 「そうだ、あなた名前は何て言うの。」 「タクミです。」 「タクミ君ね。あたしは、マリコよ。」 そうやって、1時間ぐらい、しゃべっていただろうか、タクミが言った。 「あのう。もう、そろそろ、帰って良いでしょうか。」 「もう、帰っちゃうんだ。そうだ、それで、何盗むのよ。」 「いえ、もう盗みません。」 「それじゃ、あなた、泥棒じゃなくなるじゃない。せっかく初めて泥棒に出会ったのに、それが泥棒じゃないってなったら、あたしの今までの興奮はどうしてくれるのよ。何か、盗んで行ってよ。」 「はあ。でも、泥棒は、悪いことですし、、、。」 「もう、うだうだ言ってないで盗みなさいって。」 「見られてると、盗めません。」 「じゃ、あたし、こうやって目をつぶってるからさ。」 そう言って、マリコは目をつぶって、そして、両手でさらに覆いをした。 「ねえ。もう盗んだ?」 返事が無いので、目を開けたら、タクミはいなかった。 マリコは、あたりを見回しても、何かを盗んだような形跡は発見できなかった。 「なあんだ。」 とテーブルの前に座ったら、飲みさしの缶ビールが無くなっていた。 「あははは。あいつ。」 マリコは、タクミが可愛いなと思った。 そして、次の日だった。 休みだったマリコは、キッチンで、遅めの朝ごはんを食べていた。 すると、ガチャリと音がして、静かにドアが開いた。 「わっ。」 マリコが、びっくりして玄関を見ると、タクミが立っている。 「どうしたの。」 「はあ。何となくマリコさんが、気になってしまって。」 「そうなの。でも、玄関のチャイムを鳴らしてくれたら、ドア開けてあげたのに。」 「ええ、そうなんですが、習慣で。それに、こっちで開けた方が、泥棒感を演出出来て、マリコさんに喜んでもらえるんじゃないかと。」と言って、ドアを開けるために使った鉄の棒を2本、顔の横に持って来てマリコに見せた。 「それで、今日は、何を盗みに来たの。」 「だから、今日は、っていうか、今日も盗みません。ただ、マリコさんのことが気になってしまって。」 「あれ、あたしに惚れちゃった?」 タクミは、一瞬、考えるような感じだったが、「そうかもしれません。」と言った。 「それなら、ちょっと嬉しいかな。」 「あのう。聞きたいんだけど、普通、泥棒がいたら、びっくりして、慌てて、警察に電話したり、暴力を振るわれないかと、攻撃できるような棒とか手に持ったりするでしょ。でも、マリコさんは、落ち着いていましたよね。警察に連絡もしないで。それに、ビールまでご馳走になった。あれは、どうしてなのかって気になって、昨夜も寝れなかったんですよ。」 「寝れなかったのね。そうだ、あたしの睡眠薬持っていく?市販のだけど、良く効くわよ。朝までグッスリ。それでさ、この前、薬が効きすぎちゃって、お昼前まで寝ちゃったのよね。そしたら、会社から電話が掛かってきて、どうしたんだってね。だから、あたし咄嗟に、風邪ひいて40度の熱がある演技で電話に答えたのよ。こうやってね、鼻をつまんで、時々、気持ち悪そうに、『おえーっ。』とかいう声を出したりさ、それも普通に『おえーっ。』って言ったらバレちゃうから、わざわざ、人差し指を喉の奥に突っ込んでね、ほらこうやって、『おえーっ。』ってね、こんな感じで、電話で言い訳をしたのよ。こうやって、人差し指でね、ほら、この喉の奥、、、。」 「いえ、睡眠薬は、いいんです。それに、その『おえーっ。』っていう人差し指のテクニックの話も、もういいです。問題は、マリコさんのことなんですよ。」 「そうなんだ。あ、人差し指、本当に喉に入れたから、ツバ臭いよ。ほら、匂ってみる?」 マリコは、人差し指を、タクミの鼻の前に持っていった。 「いや、それは、結構、、、わっ、臭っ。って、そんな匂い嗅がさないでくださいよ。」 「あははは。だって。」 「だから、わたしは、泥棒なんですよ。怖く無いんですか。というか、どうしてそんなに落ち着いていられるのですか。」 「、、、、。」 マリコは、ちょっと、重いため息を落とした。 「ほら、何かあるんでしょ。教えてください。」 「タクミ君に言っても仕方がないし。」 「でも、気になるんですよ。これも何かの縁なのかもしれないと思うんです。」 そう言うと、やっとマリコは、自分の事を、タクミに話し出した。 「あたし、もうもって半年なのよ。1週間前に病院で、先生に、余命6ヶ月だって言われたわ。ガンなんだってさ。医者が6ヶ月って言ったら、たぶん、3ヶ月じゃないかなって思うんだよね。あたしの命。あたし両親がもういないから、ひとりぼっちでしょ。だから、もう何も要らないのよ。だから、盗みたいものがあったら、好きに盗んでいいのよ。3か月分のお金さえ残しておいてくれたら、全部あげる。」 「そうだったんですか。やっぱり。何となくマリコさんが自暴自棄な感じに見えたので、何か悩みでもあるのかなって思っていたんです。そういうことだったんですか。でも、治療法とか無いんですか。」 「うん。何か所も転移してるんだってさ。抗がん剤を出すって言われたんだけど、あと6ヶ月だっていう先生の処方する薬なんて、飲む気しないよね。」 「じゃ、どうするんですか。」 「痛み止めで、乗り切るわ。乗り切るっていっても、何を乗り切るのかってことだけどね。あははは。考えたら、気が変になっちゃうわよ。でも、どうして、あたしがガンになっちゃったんだろう。こんなことなら、あたし夢を追いかけるべきだったのかもね。あたしさ、本当は、カフェっていうかさ、喫茶店っていうか、小さなお店を持つのが夢だったの。中学生ぐらいから、憧れてた。どう、白いエプロン姿って、あたしに似合うと思う?」 「ええ、すごく似合うと思います。」そう言った後に、タクミは、ちょっと照れたように付け足した。「すごく、可愛いだろうなと思います。」 「そうだ。あたしね、ずっと考えてたメニューがあるの。スパゲティあるでしょ。本格的なやつじゃなくて、喫茶店とかにあるナポリタンっていうのかな、ケチャップいっぱい掛けて炒めたの。あれのマリコバージョンなのよ。あのねえ、、、、」そう言って話し出したマリコの目はキラキラと輝いていた。 「それでね、そのケチャップたっぷりのスパゲティにね、キムチを入れるの。そう大量によ。あ、ほら、そう思うでしょ。キムチとケチャップは合わないってね。でも、これが合うのよね。これさ、あたしだけの発見なんだから、きっとお店で作ったら、みんな喜んでくれると思うんだけどなあ。」 「それは、美味しいかもしれないですね。」 「でしょ。それからさ、コーヒーのミルクは、ほら小さなプラスチックのポーションがあるでしょ。あれ使っちゃダメよ。ちゃんとステンレスのポットに生クリームを入れて提供するの。あのポーションの中身って本当のミルクじゃないんだから、タクミ君、それ知ってた?」 タクミは、嬉しそうに話すマリコを、ただ頷いて見ていた。 そして、胸が熱くなるのを感じていた。 マリコさんの夢を叶えてあげたい。 マリコの子供のころから持っていただろう性格の底の方にある根っからの明るさに、タクミは救われていくような気持ちがした。 ただ、マリコさんのそばにいるだけで、背中に乗っかった重しが、だんだんと溶けていくような、そんな感じだ。 いや、それよりも、ただ単純に、マリコさんを好きになっていたのかもしれない。 ただ、マリコさんの顔を見ていたい、声を聞いていたい。 そして、今、マリコさんは、あと数ヶ月しかもたない命を生きようとしている。 タクミは、焦った。 何とか、病気を治すことが出来ないとしても、マリコさんが幸せを感じるようにしてあげたい。 「マリコさん。今度の、休みの日なんですが。わたしに1日、付き合ってくれませんか。」 「うん。いいわよ。どうしたの、デートなの。ねえ、どこいくのよ。」 「まあ、デートのようなものです。行き先は、楽しみにして待っていてください。」 マリコは、誰にも病気のことを話すことも無く、友達も家に訪れることも無く、ただ、残された数か月を、いつものように、ただ生き過ごして、そして最後には病院に運ばれて、誰にも看取られずに、死ぬんだろうなと思っていたが、こうやって、タクミ君という男に出会って、こうやって、彼氏なのか弟なのか、そんな風に付き合ってみて、残りの数か月が楽しい時間になるかもしれないと感じていた。 というより、タクミといるのが楽しいと思えるのである。 ただ、そう思うと、数ヶ月しかない自分の命について、どこの誰かも知らない神様に恨み言を言いたくなってしまう。 そんなことがあっての休みである。 「ねえ、どこに連れて行ってくれるのよ。」 「今日は、マリコさんの夢を叶えてあげたくて、用意しました。」 「夢?何だっけ。」 「お店ですよ。カフェしたかったんでしょ。」 「うんそうよ、でも、タクミ君、そんなお店買えるほどお金持ちなの?」 「いいえ、お金は持っていません。なので、、、。」と言いながら、2本のドアを開けるためのハリガネを見せた。 「えっ、ひょっとして。」 「ええ、このお店を勝手に、マリコさんの店にしちゃいます。」 「お店にしちゃいますって、どうやって。」 「ほら、もう鍵を開けちゃいました。」 「でも、それって犯罪でしょ。やっちゃダメなんじゃないの。」 「ええ、犯罪ですね。でも、わたしに出来ることは、これぐらいしかないんです。でも、こんなわたしでも、マリコさんの夢を叶えたいんです。責任は、わたしが負いますので、1日だけ、付き合ってください。今日は、このお店は定休日なんですよ。なので、お店の人は、誰もやってきません。」 そう言って、タクミは、ドアを開けて、マリコを中に入るように背中を押した。 すると、マリコは、うれしそうな表情になって、「ねえ、ドキドキするね。」と、まるでテレビドラマの泥棒のように、背中を丸くして、コッソリと店の中に入った。 「ねえ。タクミ君も、泥棒に入る時に、こんなにドキドキするものなの。」 「ええ、ドキドキします。」 「ちょっと待ってよ。悪いことするって、こんなに楽しいものだったのね。嫌だ、このお店、素敵じゃない。あたしの理想のカフェよ。」 「ええ、探すのに苦労しました。一応、マリコさんが使うんじゃないかなって思う食材も用意してあります。」 「あ、これ。白いエプロン。」 「ええ、似合うんじゃないかなッと思って。いや、可愛いんじゃないかなと。」 「どう?そうだ、お店をするなら、ミニスカートにしたら良かった。やっぱ、男のお客さんには、ミニスカートでしょ。ね、タクミ君も、ミニスカート好きでしょ。」 「いや、まあ。好きですけど。」タクミは、赤くなった。 それから、マリコとタクミは、お店の仕込みをして、いよいよランチタイムである。 「はい。キムチスパとコーラーですね。」 タクミが注文を取って、マリコに伝える。 マリコは、手際よく作って、お客様にサーブする。 連係プレーも、本当の喫茶店のママと従業員のようである。 「あれ、いつものマスターじゃないね。どうしたの?」 「ええ、ちょっと風邪を引いたらしくて、あたしがピンチヒッターなんです。」 「そうなんだ。いつものマスターより、僕は、ママの方がいいなあ。また、来ます。」 「ええ、お待ちしてますわ。」 そう言った後に、タクミを見て、ペロっと舌を出して見せた。 2時頃になって、ランチタイムは終わった。 「全部で、うん、意外とあるわよ、、、1万8千円だわ。結構、儲かったわね。どうしよう、このお金。人のお店を勝手に使ったんだから、やっぱり半分ぐらい、置いて行った方がいいと思う?」 「いえ、マリコさんのものにしてください。お店のオーナーに渡したら、悪い人じゃなくなっちゃいますから。」 「そっかあ。でも、悪いことって、楽しいね。」 マリコは、少しばかりハイテンションだった。 「あたしね。生まれてから今日が1番楽しかったかも。」 「それは良かった。」 「それでさあ。もっと悪いことしたくなっちゃった。ねえ。今度、泥棒するときに、一緒に連れて行ってくれない。」 「泥棒に、、、一緒に、、、。」 「だって、こんなに楽しいんだもん。泥棒だったら、もっとドキドキして楽しいんでしょ。」 「ええ、もっとドキドキはしますが、これが職業となったら、そう楽しいものではありません。どちらかというと、苦しいです。そして、自分が悲しく思えてきます。」 「そうなんだ。でも、1回だけ付き合ってよ。」 「はあ。解りました。」 それから1週間経った頃、マリコは、急に体の痛みを我慢できずに、入院することになってしまった。 「タクミ君。あの約束覚えてるよね。」 「ええ、泥棒に連れて行くって言うんですよね。」 「うん。でも、もう出来ないかもだよ。あたし、死ぬのかな。やっぱり。」 悲しそうな表情を浮かべた。 「入院して、少し良くなったら、泥棒に行きましょう。背中に負ぶってでも泥棒に連れていきますよ。」 「あははは。どうせなら、お姫様抱っこで連れて行ってくれる。」 そんな会話の翌日に、マリコは死んだ。 医者の6ヶ月どころか、1ヶ月も持たなかったじゃないか。 タクミは、カフェを勝手に使ってお店をやったことが、本当に、良かったと思った。 死んだ時に、看護婦さんから、病院の引き出しの中に入っていたと、手紙とレコードを渡された。 何だろうと思って手紙を開けると、2本の針金が、カチャリと床に落ちた。 手紙には、こうあった。 「タクミ君。あたしの最後に付き合ってくれて、ありがとう。カフェでキムチスパ作ったの、あれ楽しかった。夢が叶ったよ。それから、泥棒に連れて行く約束あるでしょ。あれ、もうタクミ君に叶えて貰ったよ。あのあとね、タクミ君のあとを付けて行ったんだ。それで、家を見つけてね。タクミ君がいないときに、ほら針金でドアを開けて、タクミ君家に泥棒に入ったんだ。それでレコードを盗んじゃったよ。ほら、タクミ君が大好きな、みゆきさんのレコードだよね。どうよ、あたしって才能あるでしょ。鍵の開け方も研究したんだよ。それにしても、ドキドキしたよ。でも、楽しかった。」 タクミは、その文章を読んだときに、マリコさんに会えたことを、そして一瞬でも一緒に過ごせた事実を大切に心に仕舞っておこうと思った。 この瞬間を忘れたくなかった。 手紙には追伸があった。 「追伸:元気で、そして頑張って、泥棒さんを続けてくださいね。いっぱいドキドキを楽しんでね。それから、警察には捕まっちゃダメだよ。」 病室の窓は、開けられて、爽やかな風が吹き込んでくる。 「だから、泥棒も職業になったら、楽しく無いんだって。」 そう呟いて、手紙を大切にポケットに仕舞った。
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