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 昼の一件になんとなく気まずさを感じながら掃除当番のゴミ出しに移動していると、階段下の少し死角になったスペースで朔の姿を見つけた。  一年の女子となにか話している。  女子は意を決してという様子だからたぶん朔に気がある子なのだろう。大所帯アイドルグループに一人くらいいそうな顔だ。たぶん一般的な基準だとかわいい子なのだろうと思った。しっかりアイロンのかかった制服が、余計に彼女の気合いを感じさせる。  どうせ恋人もいないのだし、彼女こそが朔の恋人になるのだろうかと好奇心もあった。別に盗み聞きだとかそんなのでは……ないと言いたい。  こんな場所でそんな話をする方が悪いんだと自分を正当化する。  じっと見ていると、朔は困ったような顔をしていた。 「ありがとう。気持ちは嬉しいよ。でもごめんなさい」  ぺこりと頭を下げる。  きっとこういうことに慣れているのだろう。 「他に好きな人がいるんですか? いないなら、お試しででもいいです」  女子の方は必死だ。振られるなんて考えもしなかったとでも言うように。 「うーん、そう言うのって、よくわからなくて」  朔は本当に困り果てている。 「別に女の子が嫌いなわけではないけれど、僕はそういう感情がよくわからないんだ。たぶん、今は……マリアさんのことが一番だからだと思う」  マリアさん。朔が咄嗟に出した名前は人間ではない。  朔がおじいちゃんと一緒に作ったヴィオラだ。大きさや形、色艶に拘りがある話を何度か聞いたことがあるが俺にはさっぱりわからなかった。  きっと本人が意図的に抑えていなければ寸法から材質、ニスの配合から拘りの弦まで三時間はノンストップで話し続け、彼女を困惑させ続けることになるだろう。 「お友達としておしゃべりするのは楽しいよ」  そう言っている間も、朔は落ち着かない様子だ。  慣れているのかと思ったのに、それでも居心地が悪そうだった。 「マリアさんって……外国の人?」  女子の方が泣きそうになっている。  朔の容姿であれば外国人美女の恋人がいたとしても違和感が全くないだろう。なにも知らなければそう言った考えに陥ることも理解出来てしまう。 「えっと……僕のヴィオラだけど……」 「え?」  ぽかんとした表情で朔を見上げる女子に思わず同情してしまいそうになる。  一般的な感覚だとなに言ってるんだこいつとなるよな。  でもたぶん今の朔は、彼女の相手をするよりもマリアさんに塗り直すニスの配合の方が気になるはずだ。 「うーん、そうだなぁ。恋人って言うよりは娘って感じがするけれど……今の僕の一番はマリアさんかな」  全く悪気がない顔。  けれども一年女子はわんわん泣いて走り去ってしまった。  あれは可哀想だと思ってしまう。  折角勇気を出してこの返答か。  恋敵とも呼べない、名前も知らない彼女を憐れに思う。 「もう少しやんわり断ってあげればいいのに」  盗み見ていたことを忘れて思わずそんなことを言ってしまった。 「うーん、難しいなぁ」  困ったように笑う表情はやっぱり考えが読めない。 「女子と付き合ってみれば考えが変わるんじゃないのか?」 「それ、きよしが言う?」  朔がじっと俺を見る。 「なに?」  見透かしそうな視線が気持ちを落ち着かなくさせる。 「きよしの好きな女の子の話聞いたことないから、てっきり僕といっしょかと思ってた」  その言葉にどきりとする。  まさか気づかれていたのだろうか。  けれども朔の次の言葉で力が抜けた。 「恋愛感情ってよくわからない物語の中だけのものだと思ってるけど、みんなそんな話ばっかりするよね」  ある意味似ている。  けれどたぶん、朔と俺は違う。 「なら、好きな男の話でもしてみる?」  別にやけくそとかそう言うのではなく、ただの冗談のつもりだった。  けれども朔は首を傾げる。 「好きな男の子? それって、もしかして新しいトカゲのこと? それともヘビ?」  どうやら新しいオスのペットでも飼ったのかと思われたらしい。  別にそれでもいい。  自分の気持ちをどうこうしたいだなんて思ってもいないし、他人と違う部分を打ち明けるつもりもない。  だから、今はそれでいいと思った。
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