第8話 美術準備室

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第8話 美術準備室

 体育の授業中に目眩を起こし波留くんに保健室へ運ばれて以来僕は波留くんを意識してしまって困っていた。だって波留くんは男だし、それに西園寺家の跡取りだ。それに比べ僕はあとわずかの余命だし……。せめて病気じゃなければまだ望みはあったかもしれないけれど。この波留くんを思う気持ちはもしかして恋なのでは? と思った。西園寺院長に余命を告げられた時は高校生らしく過ごすことや死ぬ前に恋がしたいなんて思ってしまったけれど、今思えばなんて身勝手なんだろう。もし仮に恋人同士になれたとしても残された方はどうなる? 僕のせいで寂しい思いをさせてしまうだけじゃないか。僕のこの気持ちは僕の胸にしまっておこう。それでいいんだ…………。  毎週水曜の五時間目と六時間目は美術の科目だった。僕は絵を描くのが好きなほうだったから美術の時間はいつも楽しみだった。  この日は友達の顔を描くというもので、席の近い者同士でペアになりお互いの顔を描くのだ。僕のペアは最悪なことに僕を嫌っている八重洲くんだった。八重洲くんもやはり嫌だったようでいつもよりも表情を険しくさせている。向かい合わせに座りお互いの顔をスケッチした。続けるうちに段々と作業に熱中でき八重洲くんの表情のことなんてどうでも良くなっていった。  二時間の授業はあっという間に終わりを告げた。「芦屋くん」 美術教師の亀山先生が僕に声を掛けた。 「はい」 びっくりして慌てて返事をし、先生を見た。 [悪いんだけど、今日の放課後準備室の整理を手伝ってもらえないかな?」 申し訳なさそうな顔で亀山先生がそう頼む。 なんで僕なんだろう。美術部員がこのクラスにもいるからその子に頼めばいいのではと一瞬思ったが、誰かの役に立つのは嬉しいと思った。 「いいですよ。特に予定もないですから」 「そうか、じゃあ頼むよ」 先生は安堵した表情を見せる。  放課後美術室に行くと先生から準備室の整理の方法をレクチャーされた。 「じゃあ、頼んだよ。僕はちょっと急ぎでやらないといけないことがあるのでね。私は美術室にいるから終わったら声をかけてくれ」 「はい」 そう返事をし、黙々と整理作業を始めた。全学年の作品を仕分けしてボックスに分けていれていく。一時間ほどそれを続けるをようやく仕分け作業が終わる。  美術室に行くと亀山先生はいくつもの絵を見比べて悩んでいた。 [先生、終わりました。これは何をされているのでしょうか」 僕の姿を確認すると亀山先生はにやりと笑った。 [仕分け作業ありがとうな。これは美術部の作品でどれをコンクールに送るべきか決めているところだったんだ」  確かにそこにある絵はどれも素晴らしく、個性的で素敵な作品ばかりだった。どの作品も素晴らしいから先生も迷っていたのかな。 「そうだ、作業手伝ってもらったからこれをあげよう」 先生は美術準備室の更に奥にある部屋から硝子の容器に入れられた飲み物を二つ持って来た。 「それは?」 「これはな、体にいい素材ばかりで出来たジュースだ。はい」 僕に一つ手渡すと先生はぐいっとジュースを一気飲みした。 「うん、美味しい。芦屋くんも飲みなさい」 「いやでも先生からもらってもいいんでしょうか」 不安げにそう言って断ろうとしたのだが、 「いや、面倒なことをやってもらったんだからこれくらいいいだろう。さあ」 そう笑顔で勧めてくるので僕はなんだか断りにくくなってしまった。 「わかりました。戴きます」 僕もぐいっと一気飲みした。飲み込む際に何か苦みのような物を感じたんだけど、いろんな味が混ざっていてものすごくまずいという訳でもない。  だけど、飲み干して一分も経たないうちに僕の意識は朦朧(もうろう)としてきた。 「えっ、先生この中に何か…………」
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