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1.滿四郎の死体
-1 墓の下の死者
私の目下の困難は、滿四郎が死んでいるのに動いていることだった。
手の脈をとっても動きはなく、その表面はぺたりと泥のように冷たい。目に光を当てても瞳孔は開いたままだ。
この三日、毎朝夕に滿四郎を閉じ込めた教会の客間でその体を調べているが、死は確かに滿四郎に訪れている。なのに動く。その原因は皆目検討がつかなかった。
「先生、こないに調べられても意味があるんやろか」
「わかりません。何もかも」
「なら、調べんでもええんとちゃうんですか」
「良いわけがないでしょう。君もこのままでは困るでしょうし」
「困るんやろか」
「どうして君はそう暢気なのです」
僅かな苛立ちに自らの眉間に皺がよるのを感じる。対象的に、滿四郎は少し困ったようにはにかんだ。
最後の審判の前に死体が動く。この不可解な現象は私の信仰上、邪悪以外の何ものでもない。けれども目の前の死人滿四郎からは、どう見ても邪悪を感じとれなかった。だからまずは現状の把握が優先だろうと思っていた。
これまでにわかったこと。脈拍はほぼ、ない。首や手首で脈動は全く感じられないが、その冷たい胸にじっと手を触れていれば、時折思い出したようにトンと拍動する。それも随分と緩慢で不規則な話だ。
体温が低いのはその体内で心の臓が動かず、神の恵みが体内を巡らないためだろうか。その表面温度はトカゲなどの類のように、気温に拠って多少上下しているように思われる。
そして最も不可思議なのは、腐敗せずに虫に食われる様子もないようだ。食欲というものもないらしい。眠くもならないようだ。どうやって動いているものか皆目見当がつかないが、疲れることもない。
明らかに神の摂理から外れている。悪魔の所業でないならば、滿四郎の中で時間が凍結しているように思われた。
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