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かわりばえ
「昨日、8月6日未明、錦糸町駅付近で会社帰りの女性(25)が、"手首を切り落とされる"という事件が発生しました。犯人の身元は分かっておらず、現在逃走中、被害者の女性は病院に緊急搬送され、意識は取り戻した模様です」
私はニュースを聞き流しながら、昨日行った海の見えるカフェの写真をインスタグラムに投稿する。綺麗な海を背景に、私が手でお洒落なグラスを持っている写真だ。
#SeaTerrace
#summer
#海透き通りすぎ
#鬼リピ決定
「ちょっと…これまじで怖くない?」
最近、サーファーの彼氏ができた里美が浅黒く焼けた顔をこちらに向けてくる。
「別に。こういうやつ定期的にいるじゃん」
こういうネジの外れたやつは、いつになってもどこからか湧いて出てくる。気にしないのが1番。どうせこじらせた、変な男なのだろう。
「手首泥棒だよ?定期的にいないって。塔子は怖いっしょ?」
「うん。昨日錦糸町でバイトしてたし。ちゃんと怖い」
そう言って隣の塔子が首を振ると、綺麗なロングの黒髪がふわりと揺れた。
「てか、今日の目的はコレよコレ。じゃん!」
里美は鮮やかな黄色の紙袋をテーブルの上にドンと置いた。
「もしやこれは、アメリカ土産?」
先週ずっと里美があげ続けていたインスタのストーリーを思い出して、声がうわずった。
「待ってました!」
塔子もテンションが上がっているようだ。
「さあでは開けますよ。じゃかじゃかじゃか」
里美は、大雑把な性格そのままに多少荒めに梱包を開いていく。
「じゃん!」
とても綺麗な3つのグラスが現れた。
「「綺麗〜!」」
私と塔子の声が揃う。
「でしょでしょ。これ絶対映えるから写真撮ろ。はい、2人ともグラス持ってください」
里美がグラスをそれぞれの手に渡そうとしたところで、私と目が合った。
多分私たちは同じ気持ちで、同じことに気がついた。サッと、グラスから手を遠ざける。
「や、やっぱこのテーブル綺麗だし、置いて撮ろっか」
私は慌てて、提案をし直した。
「うん、そうしよっか。なんか綺麗だよね、このテーブル」
里美も私の話に乗ってくる。
「うん。だね」
塔子の返事を受け取り、3人でグラスの写真を撮った。
#glass
#America
#San Francisco
#里美のアメリカ土産
#まじアメリカ
#エモい
3人それぞれのインスタに似たような投稿がされた。いいねの通知を横目に見ながら、お喋りを2時間ほどして、その日はそれぞれ用事があるということで解散した。
私、里美、塔子の3人は高校の同級生で、当時からすぐに意気投合し、あっという間に、お互いにとって欠かせない存在となった。
最近就活がひと段落ついたという事もあり、時間が有り余った私たちは頻繁に集まるようになっていた。
私たちは、様々な場所行った。
オシャレなカフェはもちろんのこと、海やプール、バーベキュー、高級ホテル、ディズニー、美術館、クラブ。韓国にも行った。
その都度、私たちはインスタ用の写真をフォルダから溢れるほど撮りまくった。
特に3人お揃いで買ったリングなんかは、とてもエモかった。いいねも特段多かった。
塔子のインスタには、
そのリングの投稿は無かった。
そんなある日、私の家でダラダラと海外ドラマでも見ようと、お酒とお菓子を買って3人で集まった日があった。
「ちょっと一回ストップ。彼氏から電話きた」
「出たよ、意外と長続きしてるサーファー男。どうぞしてきな」
「ちょっと長くなるかも。メンゴ」
そう言って里美は私の部屋を出て行った。
隣の塔子を見ると、むずむずしたような表情で、Tシャツをパタパタさせていた。
「どした?暑い?」
「いや、ちょっと汗かいちゃって。シャワーとかって借りてもいい?」
「全然いいよ」そう言いながら、私はタオルを一枚塔子に渡した。
「ほんとに助かる。ありがと」
綺麗な黒髪を揺らしながら、塔子は風呂場へとまっすぐ向かった。
1人になってしまった私は、インスタを開いて自分の投稿を振り返っていた。
「うん、映えてる映えてる」
色とりどりの写真と、時折入る白黒の写真が、私のインスタを見事に映えさせている。
今の女子にとって、インスタが映えているかどうかは、死活問題と言っていい。
私は3人の中でも、特に映えている自信がある。里美は荒い写真が多いし、塔子は少し控えめすぎる。
私は攻めと守りのバランスが良い。
そう自負している。
すると、視界の端に見慣れた色が見えた。
インスタの通知だ。
机の上に置かれた塔子のスマホが光っている。
悪気は全くなかった。いつもの反射で通知を覗き込んでしまった。そこにはあるメッセージが届いていた。
「@Ponko223 さん!素敵なリングですね!綺麗な手にはやっぱり綺麗なリングが映えます」
違和感が、3つあった。
まずそのメッセージの内容。
塔子のインスタにはリングの投稿は無い。
だから、
今のようなメッセージが、来るはずがない。
もうひとつは、アカウント名。
塔子のアカウント名は、@to_ko_88。
@Ponko223では、決してない。
そして最後のひとつは、
"綺麗な手"という言葉だ。
塔子は、就活前に働いていたファストフード店で高温の油を両手に浴び、大火傷を負ってしまった。誰が悪いとも言えない事故だったらしく、塔子はただただ悲しみに暮れていた。
その真っ赤にただれた塔子の手は、お世辞でも"綺麗な手"とは言えなかった。
綺麗な黒髪に色白な肌、大きい瞳にスラっと伸びる長い足。そんな完璧に近い塔子の、唯一と言っていい欠点に思えた。
私の頭の中は、大量の疑問でいっぱいだった。気づくと私は、塔子のスマホを手元に手繰り寄せていた。パスワードは誕生日だと前に言っていたことをあっさりと思い出し、0223と打ち込むとすんなりスマホが開いた。
そこには、
起こりうるはずのない、
信じられない光景が広がっていた。
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#glass
#America
#お揃い
#里美ありがとう
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#リング
#お揃い
#一生もの
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#流行りネイル
#ブライトピンク
#林さん
#shop BBC
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そのインスタには、
綺麗な白い手と共に、
私たちとの思い出の写真が
たくさん載せられていた。
「これは一体…」
塔子の赤い手では撮ることのできなかった、
お揃いのグラスを手に持っている写真。
塔子の火傷でただれた手では撮ることの出来なかった、自分の指にリングをはめた写真。
塔子の唯一の欠点である手では撮ることのできなかった、綺麗なネイルの写真。
もう逃れようがない。
これは確実に、塔子の裏アカウントだ。
@Ponko223という、塔子の裏アカウント。
このアカウントに載せられている、
この白い手は一体何なのだろう。
加工にしてはうまく出来すぎている。
これは確実に、血の通った人間の手だ。
「血の通った人間の…」
ふと、あるニュースを思い出した。
"昨日、8月6日未明、錦糸町駅付近で会社帰りの女性(25)が、"手首を切り落とされる"という事件が発生しましたーーー"
大粒の唾をゴクリと飲み込む。
塔子の裏アカウントの綺麗な白い手。
もしこれが、
血の通っていない、
切り落とされた手だとしたら。
私は一生懸命、頭の中を覆ってくる不穏な黒い霧を振り払おうと、塔子の笑顔を思い出す。
しかし、もう、出来なかった。
恐怖で震えた指が、スマホの画面を勢いよくスクロールした。画面は投稿の1番下まで行き、自動で動きが止まった。
私は、最初の投稿の写真に目を奪われた。
最初の投稿は、8月6日。
そこには、
白い手だけの写真が載っていた。
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#私もやっとインスタ映え
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もし塔子に、「なんでこんなことをしたのか」と聞いたら、おそらくこう答えると思う。
『映える手が欲しかった』と。
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