忍びよる狂気

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「これを被って私がひどい傷を負うので、責任を取ってください。拒否はできませんよね。だって、全部全部伊織先生のせいなんですから」  あまりに狂った思考回路に、思わず言葉を失う。  けれど智美さんの目は、本気だ。 「……お願いだから、馬鹿なことはやめてほしい」 「じゃあ、緋真先生と別れて私と結婚してくれますか?」 「それは――」  伊織さんも呆れて物も言えない様子だが、この状況にどう彼女を止めるべきか考えているようだった。下手なことを言って智美さんを煽ることだけは避けなければいけない。今にも彼女は、自ら得体のしれない薬品を被ろうとしているのだから。  誰かがこの状況に気付いて通報をしてくれればと願うものの、あいにく住宅地のマンションでは人通りがほとんどない。隙をついて通報しようとスマートフォンに手を伸ばすが、鞄の奥にありすぐには届かない。  一触即発の状態が続く中、伊織さんが私を庇う腕に力を込めた。万が一何かあっても守るというように。  だけどそれは私も同じで、伊織さんに何かあっては耐えられない。彼女の薬品が、伊織さんにかかる可能性だってある。  考えるのよ。ここを乗り切るためには、一体どうすればいい?    智美さんを見ると、瓶を持つ手がカタカタと震えている。きっと、彼女だって怖いのだ。自ら怪我を負うなんて、理性が残っていれば簡単にはできないはず。それならば――
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