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プロローグ
中央の窓に広がる新緑の青葉。温かな光が照らすのは、真っ赤な三つの盃。
鼻腔に広がる白檀の香りは、緊張で高まった心をほんの少しだけ落ち着かせた。
大安吉日の今日、ホテル内に完備された和モダンな神殿にて、私は一生涯の誓いを立てる。
荘厳な雅楽の調べが響く中、酌み交わされる三献の儀。
神前式にて、新郎新婦が盃を交わすことで、契りを結ぶという意味合いがある。
一の杯は、過去。先祖への感謝を。
二の杯は、現在。夫婦として助け合っていくことを。
三の杯は、未来。子孫繁栄と一家安泰を願って。
巫女が御神酒を注いだ盃を、新郎から新婦へ。
生まれて初めて着る白無垢は、試着をした時以上に身動きが取りづらく、盃を口元に運ぶことすら困難に思えた。一昔前まで、和装が普段着とされていた時代を疑ってしまうほど。
しかしながら、私には洋装を着る“資格”などなかったのだから、こうして結婚式を挙げられているだけ、感謝するべきなのだ。
ぎこちない手つきでゆっくりと盃を口元へと運ぶと、目の前の男性と視線がぶつかった。
端正な顔立ちで穏やかに微笑まれ、こんな時だというのに胸を大きく高鳴らせた。
今この瞬間の微笑みだけは、本物だと信じたい。たとえ彼が、私を愛していなかったとしても。
……だけどいつか、私を愛してくれる日が訪れますように。
そう切に願いながら盃に口を付けた――
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