忍びよる狂気

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「やっぱり……みんなみんな、私が院長の娘だからって優しくしてくれるんだ。確かに父の名前を出すことはあったけど、それでも伊織先生だけは違うと思ってた。だから好きになったのに……結局父への点数稼ぎだったんですね」 「点数稼ぎなんかじゃない。院長には、すごくお世話になってるんだ。感謝してもしきれないくらい。それに白鷹さんのことは――」 「どうだっていいです! どうせ、私が院長の娘だったっていう事実は変わりないから」  初めて智美さんに会ったとき、彼女は「名字は嫌いだから名前で呼んでほしい」と申し出た。もしかするとそれは、院長の娘であることへのコンプレックスだったのかもしれない。周りが彼女を肩書きでしか判断しないから。  これは憶測ではないけれど、伊織さんだけは智美さんに下心なく接していたのかもしれない。はじめは患者として、今は同僚として。彼はそういう人間だ。   「でも、それならもういいです。立場も含めて使えるものは全部利用すればいい。私はずっとそうやってほしいものを手に入れてきたから」 「何言って――」 「私も緋真先生みたいに傷を負えば、優しい伊織先生なら責任取ってくれますよね?」  次の瞬間、智美さんは鞄の中から茶色の薬瓶を取り出す。蓋を開けると、私たちに見えるように差し出した。 「白鷹さん、それ……」  瓶の中身が何かはわからないが、この状況から人体に影響を及ぼす強い薬品であることは予想ができた。
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