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02
エディットの剣を受けてサンドリーヌもまた打ち返す。
激しい剣の応酬が始まり、互いに一歩も引かない。
「あなたが王国最強の騎士の子? まさかこんな若い娘だったなんてね」
「あなただって女だろう」
侮辱されたと思ったエディットは、怒りに任せて剣を振るった。
見習いとはいえ、彼女の技はサンドリーヌに負けていなかった。
だが、これはアカデミーでの打ち合いではない。
サンドリーヌは打ち合いながらも蹴りを放ち、実戦経験の少ないエディットは次第に追い詰められていく。
「思っていた以上だが、所詮は優等生の剣。まだまだヒヨッコね」
「くッ!? 私を侮辱するか!」
「事実よ。あなたを討ち取って貴族どもの士気を下げてやるわ」
サンドリーヌが剣を振り上げた瞬間、突然彼女の右腕が切り落とされた。
前方にいた兵たちが敵を退け、後方へと戻って来たのだ。
その中にいたエディットと同じくアカデミー出身の見習い騎士であるクロヴィス·モクレールが、背後からサンドリーヌを襲った。
「く、くそ! 一騎打ちの最中になんて卑怯なの!」
「黙れ。貴族でもないおまえに騎士の礼儀を通す必要もない」
右腕を切り落とされたサンドリーヌが吠えると、クロヴィスは彼女の顔を蹴り飛ばした。
地面に転がった彼女を見て、クロヴィスは鼻で笑う。
「女のくせに戦場に出てきたのが間違いだったな。平民は平民らしく大人しく俺たちに従っていればいいものを、逆らうからこうなる」
クロヴィスの吐き捨てるような言葉を聞き、サンドリーヌは痛みを堪えながらも彼を睨み返す。
「貴族だ平民だと、それがなんだっていうのよ! 私たちも同じ人間よ! 泣きもすれば笑いもする。殴られれば痛みだって感じる人間なのよ!」
「平民が人間だと? いいか、おまえたちは牛馬と変わらん。雌の家畜は雌の家畜らしく、子を増やして乳でもやっていればいい」
「私は人間よ! どうして貴族に生き方を決められなきゃいけないの!」
「世界はそういう決まりになっているんだよ。雌牛と話すのも飽きた。今すぐ殺してやる」
フンッと鼻を鳴らしたクロヴィスが剣を振り落とした。
だが、彼の剣はサンドリーヌには届かず、突然横から飛んできた剣によって防がれる。
響き渡った金属の重なった音の後、クロヴィスは邪魔をした相手へ視線を向ける。
「なんの真似だ、エディット?」
「この女性はもう戦えない。殺す必要はないだろう」
「あん? 助けてやったのに、なんだよその目は」
睨み合うエディットとクロヴィス。
すでに襲撃してきたオーブ旅団を返り討ちにしたのもあって、周囲にいた兵たちがふたりの様子を見て集まってきていた。
「背後から斬りかかるなど、貴様はアカデミーで何を習ったのだ? それでも騎士を目指す者か?」
「フン、おまえはわかってない。こいつら平民に俺たち貴族の礼儀を通す必要がどこにある? それとも、やはり同じく平民出身だからこの雌牛を助けてやりたいとか、そう言いたいのか?」
「クロヴィス! この人は雌牛じゃないぞ! 剣技ならばこの場にいる誰も敵わない立派な剣士だ! 敵であろうと敬意を持て!」
言い争うエディットとクロヴィス。
だが周囲に集まっていた貴族たちは、クロヴィスの言葉に同意していた。
家畜に礼儀などいるか。
生まれは神の意志だ。
それに逆らえる者などいない。
自分たちは平民を使い、そして平民は貴族に尽くすものなのだと、皆が口々に言った。
味方の吐いた言に、エディットは顔を強張らせながら周囲を睨みつけていると、そこへ本隊が到着する。
「何があった? 敵襲はもう殲滅したと聞いていたが?」
馬を降りて、シドルワールがエディットの前まで歩いてくる。
エディットは養父に事情を話そうと、重ねていた剣を下ろすと――。
「死ね、雌牛」
クロヴィスがサンドリーヌの首へ剣を振り落とした。
鮮血が飛び散り、振り返ったエディットの顔にサンドリーヌの血がかかる。
そして、その足元に無惨にも切り落とされたサンドリーヌの首が転がった。
「クロヴィス!? 貴様ぁぁぁ!」
「待てエディット!?」
エディットがクロヴィスに飛びかかろうとすると、シドルワールの手が伸び、彼女のことを取り押さえた。
娘を落ち着かせようとする養父に向かって、エディットは藻掻きながらその手を振りほどこうとする。
その様子を見ている騎士や兵から笑い声が聞こえる。
やれやれまた始まったとでも言いたそうだ。
「離してください父上! こいつの人を人と思わない所業、断じて見逃すことはできません!」
「冷静になれ、エディット。何があったのかはわからんが彼は味方だ。戦の最中に仲間の血を流すのは、どんな事情があろうと許容できんぞ」
その後、シドルワールはなんとか事態を収めた。
それから先方隊と合流したシュノン王国軍は陣を敷き、エディットはシドルワールの軍幕に呼び出される。
「大方の話は見ていた者らから聞いた。おまえは以前から平民に甘かったな」
「父上も同じでしょう? 相手の身分なんて関係ない。彼女は、サンドリーヌは敬意を持つべき人だった!」
「おまえの言い分は理解できる。だが、ここは戦場なのだ。国を守るのが我らの役目。そのくらいのことはわかるだろう?」
エディットは養父に何も言い返すことができず、ただ黙って頷くことしかできなかった。
父の言うことはもっともだが、エディットは殺されたサンドリーヌの姿が、瞼に焼きついて離れない。
卑怯にも背後から襲われ、その実力すら評価してもらえない。
あれは自分の姿ではないかと、心が煮えた鍋に放り込まれたような感覚に襲われる。
「平民でも敬意を持つべき相手はいる。だが、敵となれば話は別だ。わかってくれるな、我が娘よ」
「はい……」
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