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それから一夜明けて、シュノン王国軍はオーブ旅団の本拠地へと進軍した。 動き出したシドルワール率いる王国軍は、敵の本拠地である砦へと到着。 数で圧倒する王国軍を相手に、オーブ旅団は半時も経たずに追い詰められ、散り散りになって逃げ出していった。 わかり切っていた結果だったが、それでも自分たちの境遇を変えたかったオーブ旅団は、降伏せずに逃亡しながらもまだ抗戦の意志を緩めない。 そこでシドルワールは軍を分けて、それぞれの隊に敵の追撃を命じた。 もはや勝利が確定しているのもあって、兵糧のことも考えて多くの兵を城へと戻し、追撃部隊に残っているのはアカデミー出身の見習い騎士ばかりだった。 シドルワールとしてはまだ実戦経験の少ない彼らに、少しでも戦場の空気を感じさせておきたかったのだろう。 用心のためにシドルワールも残っているが、もはや何が起ころうとも、オーブ旅団の負けは変えようがない状況だった。 そして、当然エディットも分けられた追撃部隊に参加している。 「いたぞ! オーブ旅団の生き残り!」 「ありゃ敵の団長じゃないか? ツイてるな、こりゃ。ここであいつを仕留めれば名が上がる」 偶然にもオーブ旅団の団長であるガルグイフ·ガルライフを見つけたのはエディットの部隊だった。 護衛をひとりも連れていない敵の首領を見つけた見習い騎士たちは、我先にとガルグイフへと斬りかかる。 だが、ガルグイフを平民出身の騎士だと侮ったのが運の尽き。 見習い騎士たちは一太刀も浴びせることなく全員返り討ちにあった。 「おまえたちのような未熟者に殺される私ではない」 向かってきた者らをすべて斬り殺したガルグイフは、血塗れになりながら残ったエディットを見据える。 「そこのおまえも、死にたくなかったら消えろ」 エディットは息を呑みながら剣を構えた。 対峙してみてわかる。 今の自分ではこの男には敵わない。 だが、逃げるわけにはいかない。 自分はシュノン王国最強の騎士シドルワール·ジラルドアの娘なのだ。 それに、ここで逃げれば平民出身であることや女であることをさらに馬鹿にされてしまうと、わき出る恐怖をプライドで押さえつける。 「逃げるわけにはいかない……。私はシドルワール·ジラルドアの娘なのだからな! うおぉぉぉ!」 飛びかかったエディットだったが、やはりガルグイフのほうが力も技も上だった。 エディットは、彼の妹であるサンドリーヌにさえ勝てなかったのだ。 当然の結果だと思いながらも、エディットはそれでも食い下がった。 養父であるシドルワールから教えてもらったことを呟きながら、押されながらも前に出る。 「ひとつ聞かせてくれ、シドルワールの娘よ。私の妹、サンドリーヌがどうなったか知っているか?」 「くッ!? そ、それは……」 打ち合う剣とエディットの表情から察したのか。 ガルグイフの目からは涙が流れていた。 そして悲しみが流れ落ちると、彼の顔はまるで別人のように強張った。 その顔は鬼か悪魔か。 憎悪に染まりきった形相でエディットのことを睨みつける。 「許せ、我が妹よ……。不甲斐ない兄を許してくれ……。だが、ただでは死なん! こうなったならひとりでも多くの貴族を殺し、あの世にいるおまえの土産として持っていくぞ!」 「なぜそこまで貴族を憎むんだ!? 今回のことだって、反乱などせず他にもやり方があったはずだ!」 「おまえらには一生わからん! あいつらが私たちに何をしたのかをな!」 貧しき出から努力して騎士になったものの、所詮は平民出身だと馬鹿にされ続けた。 平民を人と見ていない貴族には、民の境遇を変えようと訴えても聞く耳を持ってもらえなかった。 家族や友人、恋人が飢えて死ぬかもしれないというときに、貴族たちはそれでも税金や年貢を払うように強制し、その結果、愛する人間たちが亡くなった。 「だから私たちは戦うのだ! 奪われ、裏切られた者たちの代わりにな!」 泣くように吠えるガルグイフに、エディットは戦意を失っていた。 この人は敵ではないと思ってしまっていた。 だが、戦いの最中にそんなことは言ってられない。 ガルグイフはエディットを殺そうと、剣をその頭上に振り落とした。 「ガハ!? お、おのれ……貴族どもめ……」 その瞬間、ガルライフの剣がエディットに触れる前に彼は倒れた。 エディットが何があったのだと前を見ると、そこには養父であるシドルワールが見習い騎士たちを連れて立っていた。 「間に合ったか。無事で何よりだ、娘よ」 シドルワールはエディットに手を伸ばし、彼女のことを労った。 それは、心から彼女のことを案じているのがわかるものだった。 そして、エディットに怪我がないことを確認したシドルワールは、見習い騎士たちに声をかける。 「オーブ旅団のガルグイフ·ガルライフは討ち取ったが、おまえたちはまだ戦えるか?」 シドルワールの言葉に、見習い騎士たちは意気揚々と戦えると答えた。 彼らの覇気のある声を聞いたシドルワールは、剣を掲げると、再びその口を開く。 「若者はそうでなくてはな。よし、おまえたちに任を与える。これよりオーブ旅団に関わったとされる者らすべてを処分するのだ」 その命令を聞いたエディットは信じられなかった。 なぜそこまでするのかと、父がまるで他人にでもなってしまったかのように遠い存在に感じてしまっていた。 しかし、シドルワールはそんな養女のことなど気にせずに、彼女の頭を撫でると、これから戦後処理があるといって後を見習い騎士たちに任せてその場を去っていった。 その背中を眺め、呆然と立ち尽くしているエディットは、呆れている見習い騎士たちによって馬車へと移動させられた。 その後は彼らと共に、オーブ旅団の団員たちが住んでいた村へと進軍。 見習い騎士たちはシドルワールの命令をどう受け取ったのか。 彼らは到着するなり村を焼き払った。 慌てて逃げ出そうとする者らを斬り殺し、火の海の中で虐殺が始まる。 「やめろぉぉぉ!」 見てられなかったエディットは、馬車から飛び出し、見習い騎士たちを止めた。 苛立った顔をした見習い騎士たちの中から、同じアカデミー出身のクロヴィスが出てくる。 「あん? なんだよ、またおまえか。邪魔ばっかしやがって」 「おまえたちは、こんなことが許されると思っているのか!?」 「許す? これはシドルワール様直々の命令だぞ。やらないわけにはいかないだろう。それに、逃げ惑う平民を殺すのは楽しいしなぁ。まるで狩りだぜ」 クロヴィスの言葉に、見習い騎士たちの誰もがその通りだと笑っていた。 炎の中で、彼らの笑い声を聞きながらエディットは思う。 自分はずっとこんな場所にしがみついていたのかと。 「さよなら、父上……。私はもう、貴族ではいたくない……。こいつらと同じになりたくない……」 ――オーブ旅団との戦の後。 戦後の処分を任された見習い騎士たちが皆殺しにされた。 だが、その死体の中にエディットのものはなく、シドルワールは行方不明になった娘のことを心配していた。 「エディット……どこへ行ってしまったんだ……」 シドルワールにはわからなかった。 見習い騎士たちが誰に殺されたのか。 どうして娘が消えてしまったのかを。 了
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