stage equipment

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 朝の通勤電車の中に明らかに人じゃないモノが混ざっている。  それはしれっと人のふりをして好き好んで満員電車に揺られている。  ただでさえ過密気味な電車の人口密度を上げるのは止めてほしいんだけど、そんなことを言えるはずもない。  だって正体がわかっている相手にだって言えないのに、なんだか分からないモノにそんなこと言えるはずがない。  目的地に運ばれて、ギュウギュウ詰めの電車からペッと吐き出された駅のホームにもやっぱりそういうのが居る。  視線の端にとらえたホームに添え付けられた時計っぽいものが、いつのまにか時計から温湿度計に変わっていた。  あれもそうだ。  時計のような大きな顔をしてそこに居るけど、違うじゃない。なんで電車のホームに温湿度計が必要なのよ。必要かもしれないけど、うーん、やっぱりここのホームには要らないでしょ。  こういうなんだこれ?がこの世界にちらほら存在していること。  そこに有るべきものの代わりにしれっと混ざってきていて、皆はそれに気が付かない。  会社について、ロッカーで着替えて席に着く。  隣りの部署の子が大きな口であくびをしているのが目に入った。その大きく空けられた口の中の色は紫色だ。  こんな感じで何だかよく分からないモノがしれっとさも同類ですって顔で日常に紛れ込んでいる。  仕事は相変わらず理不尽に怒鳴られたり、セクハラスレスレの冗談を受け流したりして終了した。  昔は一生懸命頑張ろうだなんて思っていたけれど、やりがいなんて日々の忙しさにあっさり押し流された。残業に次ぐ残業ですっかり疲弊して適当に手を抜くことを覚えた。  適当にやると仕事なんか惰性でしかない。  帰りに行きつけのバーで甘ったるいカクテルをオーダーした。  お通しはナッツだ。  ここは薄暗くて本当の意味で羽を伸ばせるからとても気に入っている。 「疲れた……」  バサッとしまっていた羽を開いた。  人間の水先案内も楽じゃない。 「お疲れ様です」  顔見知りになったバーテンダーが最低限の愛想で応えてくれた。  こちらもにっこり笑って応えておく。 「なんで死んだんだとか言われても私のせいじゃないしね。見た目が人間の女に似てるせいで変な事を言う魂がかなりの数いるから大変で」 「死にたてはそうなんですね」 「そうなのよ」  仕事をやりやすくする為に人間そっくりの見た目でいてあげているけれど、これもストレスではあるのよね。  なんで死んだ人間の為に色々と見様見真似で用意してやらなきゃならないのかしら?  昔みたいにそろそろお終いの魂を鎌でえいっ!て刈り取ってノルマをこなした方が楽よね。絶対にそう。今のやり方じゃノルマをこなすだけで残業確定だもの。  だからなんだかわからないモノまで湧いて出てきゃってるのよね。 「人間を演じるのも楽じゃないわ」  にこりと笑ったバーテンダーは背中の羽をゆっくりと揺らして返事をしてくれた。 END
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