終章

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終章

兄さんと別れ、最寄りの駅まで戻ってくると、駅には先に帰ったはずの大我の姿があった。 どこかで買ったコーヒーを片手にベンチに座っていて、僕に気付くと軽く手をあげた。 僕もその隣に腰掛ける。 「話、ちゃんと出来たか?」 「うん。大我をよろしくって言われた」 「なんだそりゃ。お前は俺の保護者かっつーの」 気持ちがとても軽かった。 それは大我も同じなのだと思う。 この駅に来る時はまるでこれから戦場に赴くかのような空気だった僕達が、今はこうして笑っているのだから。 「千利、色々ありがとな。全部お前のおかげだと思ってる。昔も、今も、千利は出来る子ちゃん過ぎるからなぁ」 「いい事なんじゃないの?それ」 「でもいい子ちゃんすぎると暴発する奴もいるっていうのは俺たち共通の学びだろう?」 「まあ、たしかに」 兄さんとの過去のいざこざをこんな風に冗談めかして話せる日が来るなんて夢にも思わなかったから、なんとなく変な感じがしていた。 それを変だと思わなくなったなら、きっとその日が本当の意味での僕達の和解の日となるのだろう。 「千利、俺決めたわ」 突然大我がそう言ってきたので僕はなんだろうとキョトンとしながら大我に「なんのはなし?」と聞いた。 「秀治のことがあったから怖気付いてたとこあったんだけど、俺今度こそ支えたいと思うんだ。問題のあるいい子ちゃんを」 最初は言っている事の意味が飲み込めなかったのだけれど、段々とそれが何を指しているのかが分かってきて、僕はついに赤面せざるを得なくなった。 「問題のあるいい子ちゃんって誰」 「そりゃ今俺の隣に座ってる捻くれ作家先生しかいないでしょ」 「僕そんな名前じゃないし」 言外に名前で呼んでくれないと嫌と言っているみたいで僕は恥ずかしくなった。 大我はそんな気持ちを知ってか知らずか、千利と僕の名前を呼んだ。 「千利、俺、今の千利が好きだよ。一度は振っちまったけど…今度こそ、俺は千利のそばにいたいって思う。まだ、間に合うかな?」 僕は一体今どんな顔をしてしまっているのだろう。恥ずかしいから見て欲しくないのに、だけど今、まっすぐに自分を見ていて欲しいという気持ちがから回っている。 「さっきまであんなふざけてたのに、急に真面目になるとかズルい」 僕が目を逸らすと大我は優しく微笑んだ。 あの、先程兄さんが見せたものに似た、愛おしいものを見るときだけに向けられる特別な笑顔で。 今、大我がその顔を向ける対象が僕であるという事実が幸せでたまらなかった。 「付き合ったら全部ネタにしてやる」 「おう望むところだ。恥ずかしくて書けないって言わせてやる」 「一体何する気だよ…」 「まあ、いろいろと?」 くだらない話で盛り上がっている間に残っていた陽射しも大分消えて肌寒くなってきた。 「さて、帰ろうかね?」 大我がそう言って立ち上がった時、僕は足元にタンポポの花を発見した。さすがに雪は降らないだろうが、春はまだもう少し先だろうに。 「あ、タンポポ。随分と季節外れだな」 僕が地面を指さすと、大我はそちらに目をやって懐かしそうに目を細めた。 「俺さ、昔タンポポになりたかったんだ」 「タンポポ?」 「うん。秀治にはその見た目でメルヘンかって笑われたんだけどさ、タンポポって綿毛を飛ばせばどこにだって行けるだろ?それにわりとどんな土地でもしっかりと根を張るし。俺はそれが羨ましかったし、そうなりたいと思ってた」 「ふうん、それで、なれたの?」 僕がそう尋ねると、大我は何か言いかけて、そしてほんの少しだけ笑ってみせた。 「そうだな、綺麗な花を咲かせられるかどうかはまだわからないけど、とりあえずもう綿毛になりたいっていうのはなくなったかな」 そういうと大我はおもむろに僕の左手を握った。 僕はその手を握り返してふふっと思わず笑みをこぼす。 そうして僕らはベンチを離れ、駅の改札を抜けた。 こうして僕達は兄さんとの物語に決着をつけることができた。 ここからは、新たな物語が幕を開ける。 それがつまらない三文小説になるのか、美しく花開く超大作になるのかは…僕ら次第だ。
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