第三章

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2 振動するスマホの画面には知らない番号が表示されていた。僕はちょうど仕事の狭間で、何気なくその電話に出た。 『もしもし?』 電話越しの声に心臓が止まるかと思った。 「もしもし、大我…?」 『ああ、久しぶりだな。元気にしてたか』 「うん。僕はそれなりに。そっちも?」 『まあ、ぼちぼちな。それよりあれ、読んだ。近々会えないか?』 「うん…大丈夫だよ」 電話を切るまで生きた心地がしなかった。 僕の声は震えていなかっただろうか。 きちんと話せていただろうか。 僕はスマホを胸に抱き、はぁぁと大きく息を吐きながら、壁に背を預けてズルズルと床に座り込んだ。 (電話越しの声、全然かわってなかったな) 心臓が痛いほど脈打っているのが分かる。 やっと、会うことができる。 怖かった。忘れようとも思った。 それでも、会いたいという気持ちは消せなかった。あの頃の罪悪感と共に、それはむくむくと僕の中で成長を続けていたのだ。 最後のチャンスだと思って杏子さんの店を訪ねたのはどうやら正解だったらしい。 僕は賭けに勝った。 これでなんとか間に合うはずだ。 スケジュール管理のアプリを開き、予定をざっと確認して、明後日の日付に新規の予定を登録する。 【大我と会う日】 打ち込んでいる間にも、久方ぶりの再会があまりにも嬉しくて泣きそうになった。 僕が全てを壊したようなものなんだから、そんな風に思う資格なんてない。頭ではそう思っていても、心の動きまでは止めることが出来ない。 僕はそっと傍に置かれた古びたノートに手を伸ばす。いわゆる大学ノートというやつの見慣れた表紙は、時の流れを象徴するみたいにすっかり色褪せてしまっていた。 ずっと言えなかったこと。 ずっと変えたかったこと。 その全てを、今度こそ伝えなければ。 *** 待ち合わせたのは喫茶店で、僕は昼も済ませてしまおうと待ち合わせ時間の1時間前くらいに店に入った。そこで、ばったりと大我に出くわした。 「え…」 「あれ、なんで」 二人ともキョトンとしたまましばらく硬直してしまった。待ち合わせ時間を間違えたのかと思ったが、目の前の大我の反応を見るに向こうも同じことを考えているらしい。 「いくらなんでも早くない?」 僕が笑うと、大我も緊張を解いたようでくしゃりと笑った。 「お前もだろうが。ま、ちょっと早いけど落ち合っちゃったんだしさ、一緒に飯食おうぜ」 僕はうなずいて大我の向かいの席に座った。 店員に大我と同じものと注文し、改めて大我を見た。 十年が経った。 見た目は当然変わっている。 僕がそうであるように、大我はすっかり大人の男になっていた。 SNSにあげられていた写真で今の容姿は分かっていたつもりだったが、実物を前にするとやはり違って見える。 「おっさんになったろ?」 ニヤリとしながら言う大我に僕は昔の面影を見てほっと胸を撫で下ろす。 よかった。大我は今でも大我のままだった。 「そんなことない。全然変わってないよ。なんか安心した」 「変わってないわけねえんだけどな。見た目の話だけでいえば変わんねえのはお前の方だろ」 目の前にカレーとコーヒーが並ぶ。 昔から大我と喫茶店に来るとこのセットを頼んでいた。なんとなく文豪っぽくてかっこいいから、そんな理由で。 「懐かしいな、文豪セット」 「今やお前が文豪だけどな」 「そんなんじゃないってば。茶化さないでよ」 「別に茶化してるわけじゃねえって。でもまあ、飯も揃ったことだし、食いながら話をしよう。今までのことも、これからのことも」 「そうだね」 コーヒーを一口飲んで、カップを静かにソーサーに戻す。 そうして大我は昔みたいに優しく微笑み、僕の目をまっすぐに見つめた。 「さて、なにから話していこうか。
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