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第一章
1
「おい、委員長ってあんたか?」
帰り支度をしていた時、声をかけられた。
高二になってひと月、クラス替えがあったものの、クラスメイトの声はもうすでに知っていたはずなのに、僕にはその声が誰のものだか分からなかった。不思議に思いながら顔を上げる。
そこでようやく自分が誰に声をかけられているのかを理解した。
「ああ、もしかして加賀屋君…かな?」
しばらく学校に来ていなかった問題児。
黒髪の群れの中で明るい金色の髪はやたら目立っていたし、こういうのを三白眼というのだったか、眼光鋭い彼はまさに不良然としている。
「ああ。寺本にお前のとこ行けって言われたから来た」
「僕のところに?なぜ?」
「ああ?なぜって言われても、行けって言われたから来ただけで俺だって理由は知らねえよ」
意味が分からなかった。
寺本先生はうちの担任の先生だが、まさかクラス委員長だからって理由で僕に全部任せようというのか。
「寺本先生、他に何か言ってなかった?」
「あー…なんか日数が足りなくなるとか、補習がどうのとか、そんな感じのこと言ってたな。そんで、まあいいからとりあえず委員長のとこに行けって」
そこまで聞いて僕はようやく一つの可能性に行き当たる。
「もしかしてそれ、委員長じゃなくて院上じゃない?」
「は?誰それ」
「院上先生は今来てる教育実習の先生。寺本先生の下で数学を教えてる。たしかそろそろ実習期間が終わるから挨拶をしてこいってことかと思うんだけど…」
気がつくとクラス中が張り詰めた空気で僕たちを見つめていた。そりゃそうだ。不良に間違いを指摘する物静かな優等生という光景がそこにはあるわけで、それは周囲からするとハラハラする場面にちがいない。
でも、大我は特に気にした風もなく、むしろちょっと恥ずかしそうに視線を逸らした。
「…そうかよ。いきなり話しかけて悪かった」
「いや、そういえば加賀屋君はなぜ僕が委員長だと?」
たしか委員長選の時には彼は教室にいなかったはずだ。
「なんか、それっぽかったから。眼鏡だし」
「は?それだけ?」
「でも合ってたんだろ?」
「まあ…うん」
理由がアホすぎて思わず笑いそうになる。
もしかしたらこの人は見かけはこんなだけど意外に天然なのかもしれない。
人はギャップにやられるというが、僕も例によってその一人だったらしい。
「じゃあ」と言って僕の席を離れる彼に考えるよりも先に声をかけていた。
「ねえ、院上先生がどこにいるか知ってるの?」
大我はくるりと振り返ると困惑したように僕を見る。ショッピングモールで親とはぐれた迷子みたいな顔をしていた。
「教師はみんな職員室にいるんじゃねえの?」
「教育実習生の控え室は別にあるんだよ」
「そうなのか?」
「よければ、案内しようか?」
大我は少し迷っていたようだが、小さく頷くと「わり。頼むわ」とはにかむように笑った。
むず痒いような気持ちになって、僕は自分自身に戸惑いながらも席を立った。
クラスメイトの視線を一身に浴びながら僕たちは教室をあとにした。
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